深刻化する生物多様性 過去50年で69%、淡水域では83%減少、「2030年までにネイチャー・ポジティブの確立を」――WWFが報告

「絶滅危惧種」に分類されているが、「再生可能性」は高いダーウィンハナガエル(© Cayetano Espinosa/ WWF Chile)

2030年までに生物多様性の損失を反転させ、自然が回復したネイチャー・ポジティブな世界を確立することが不可欠――。世界自然保護基金(WWF)がこのほど発表した、地球環境の現状を包括的に報告する「生きている地球レポート2022」で、生物多様性の豊かさは1970年から2018年の間に地球全体で平均69%失われ、中でも脊椎動物種の3分の1が生息している淡水域では83%減と深刻な影響を受けていることが分かった。レポートはWWFが1998年以降、隔年で発表しているもので、今年は11月にエジプトで気候変動に関する国連会議COP27が、12月にはカナダで国連生物多様性条約の第15回締約国会議COP15が開かれるのを目前に、世界の気温上昇を産業革命前から1.5度未満に抑えつつ、生物多様性の回復を目指す道筋を提言するなど、気候危機と生物多様性の危機を同時に解決することの重要性を訴える内容になっている。(廣末智子)

気温が1度上昇する度に生き物の死滅が頻発

生きている地球レポート2022より

「生きている地球レポート2022」は約100ページからなり、「世界が直面する2つの危機」と「変化の速度と規模」、「ネイチャー・ポジティブな社会を実現するために」の3部で構成。

産業革命以前と比較した陸水及び淡水域における生物多様性損失予測図(生きている地球レポート2022より)

「2つの危機」では、産業革命以前と比較して温度が1度〜4度上がることによって、局所的に生物の絶滅が生じるリスクがどう高まるのかを、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次評価報告書などで発表された予測図を用いて解説。オーストラリアでは2014年の猛暑日1日でオオコウモリ45000羽以上が死に、1000種類以上の動植物の個体群が全滅した事象にも気候変動が関連しているとした。さらに、コスタリカでは通常は霧が発生する地域で霧が発生しないことにより、オレンジヒキガエルが1989年に絶滅するなど、気候変動によって種全体が絶滅する事態も起こっていることを改めて記し、「気温が1度上昇する度に生き物の死滅が頻発し、人間に対する影響も大きくなる」と指摘している。

世界の「生きている地球指数」=Living Planet Index=(生きている地球レポート2022より)

「変化の速度と規模」では、生物多様性の豊かさを図る指標であるLPI(Living Planet Index)
の最新データを発表。それによると1970年から2018年の間に、調査対象となった5230種、約32000個体の野生の脊椎動物(哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類)の平均69%が減少していた。

中南米・カリブ海94%、アフリカ66%、アジア・太平洋55%‥各地で大幅減

地域別に見た「生きている地球指数」(生きている地球レポート2022より)

地域別では中南米・カリブ海の94%を筆頭に、アフリカが66%、アジア・太平洋は55%と減少率が大きく、北米も20%、ヨーロッパ・中央アジアも18%減少している。

さらに世界全体で見たとき、湖や川など淡水域に生息する生物への影響が深刻で、調査対象となった1398種6617の個体群の平均83%が減少。その理由についてレポートは「人間が近くに住むことで汚染や取水、流れの変更や種の乱獲、外来種の侵入などが脅威となり、生物多様性の損失リスクが生じる。淡水域は相互に密接に連携しているため、脅威はある場所から別の場所へと簡単に波及する」と指摘した。

人間が今の生活を維持するには「地球1.75個分」の資源が必要

またLPIと対をなす形で、WWFは毎回、人間が生活や経済活動の中で消費し、廃棄する量などを通して地球にかけている負荷を測る「エコロジカル・フットプリント」を発表している。今回この指標については、地球の「バイオキャパシティ」に対して人間が地球の資源を「少なくとも75%過剰に使用している」、つまり人間が今の生活を維持するには地球1.75個分の自然資源が必要であると測定された。

生きている地球レポート2022より

こうした生物多様性の損失や人間の過剰な生産と消費の状況などを踏まえ、最終章となる「ネイチャー・ポジティブな社会を実現するために」では、「システム全体の急速な変化の必要性」に言及。パラダイムや目標、価値といった技術や経済、社会のさまざまな要因にわたる根本的なシステム全体をつくり変えていけば、「自然の減少傾向を反転させるチャンスはまだある」とした上で、「私たちの選択が気候変動と生物多様性の結果を変える。金融システムや経済システムに自然のあり方を明確に組み込むことで、持続可能な行動へ向けた選択にシフトできる」などと提言している。

COP15は「野心的な生物多様性世界的枠組みを採択する重要な機会」

もっともレポートは、生物多様性の損失をもたらす要因は複雑かつ分野横断的で、単一で単純な解決策は存在しないという点も指摘する。「政府、企業、社会を横断する行動を導き、推進するための、自然界に対する共通の世界目標が必要だ」という認識のもとに、「2030年までに生物多様性の損失を反転させ、ネイチャー・ポジティブな世界を確立する」重要性を強調。そのためにも12月にカナダ・モントリオールで開かれるCOP15が、「世界のリーダーたちが即座に行動を起こせるような、野心的な生物多様性の世界的枠組みを採択する重要な機会となる」と記し、同会議が地球の未来を左右する大きな節目となることを示唆した。

気候危機と生物多様性の危機の同時解決を巡っては、今年7月、国連総会がすべての人々が健全な環境に生きる権利を認めるという歴史的な決議を採択したことで、両者が相互に関連する危機であり、そのつながりを認識することで危機を克服する確率が高まるとする機運が高まっている。

レポートの公表に際してWWFジャパンは記者会見を行い、自然保護室・生物多様性グループ長の松田英美子氏が「現状のままでは生物多様性の損失が回復に向かわない。今後は化石燃料の利用による温室効果ガスの排出や、土地利用の変化による生息地の劣化、乱獲、汚染といった直接要因だけでなく、その背景にある世界的な人口の増加や人の移動、技術開発などの間接要因も含めて考え、まずは世界の温度を産業革命以前から1.5度に抑え、そこから生物多様性の回復を目指していくことがポイントになる」などと指摘。具体的には、「特定地域の貴重な陸上・淡水・海洋生態系を守ったり、森林破壊を防いだりするような地域ベースでの保全活動に、生産や消費のあり方を根本から変えていくような対策を組み合わせていくことが重要だ」と訴えた。

「生物多様性巡る大変な金融ルール変更が起きている」

足立直樹氏が日本企業に警鐘

記者会見には、企業活動における生物多様性への影響を研究する分野で日本の第一人者であり、サステナブル・ブランド国際会議のサステナビリティ・プロデューサーを務める足立直樹氏が同席し、レポートを経済や金融の視点からどう読み解くべきかを解説。ネイチャー・ポジティブについて、2020年をベースラインとする自然の損失を2030年までにネットプラスへと導き、2050年までに完全回復させる道筋であり、「カーボンニュートラルと並ぶ世界の大きな目標になる」と改めて指摘した。

レポートの内容について、足立氏は、「単なる生き物や地球の窮状の報告ではない。このままでは人間が立ち行かなくなると受け止めてほしい」と危機感をあらわに。世界ではすでに金融ルールを巡って生物多様性に関する情報開示の波が押し寄せ、日本企業でも自然版TCFDとも言われるTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)への関心が高まっているが、「実はそれ以上に大変なルール変更が起きていることが、日本ではあまり知られていないのではないか」とするメッセージを日本企業に向けて発し、警鐘を鳴らした。

一例として、企業の経済活動が地球環境にとって持続可能であるかどうかを判定し、グリーンな投資を促すEU独自の金融ルールである「EUタクソノミー」に含まれる生物多様性に関するルールが来年にも動き始めることや、数年以内に国際的なサステナビリティ基準に基づいた会計基準が適用されるようになることを指摘。「今後は生物多様性に配慮していない企業には投融資が集まらなくなるだろう。会計報告の中でも自社の企業活動がどれだけ生物多様性に負荷をかけ、その負荷をなくすためにどのような努力をしているのか、それが財務にどう影響するのかを示すことが義務になる。これを知らないでいることは日本企業にとって大きなリスクだ」と注意を喚起している。

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