戦火で命を支えた医師・中村哲の闘いを描く――『劇場版 荒野に希望の灯をともす』

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中村哲は医師として35年にわたり、アフガニスタンとパキスタンで貧困と病に苦しむ人々の支援を続けてきた。だが大干ばつが起き飢餓に陥る人が続出、人々を医療だけで救うことの限界を感じ、米軍の戦闘機が上空を飛び交う中、白衣を脱いで自ら用水路建設に着手した。『劇場版 荒野に希望の灯をともす』は、その長きにわたる渾身の活動をつぶさに記録したドキュメンタリー映画だ。テレビで放送した内容に、未公開映像などを加えてリメイク。平和な世界で人として生きたいと願う現地の人々に、「決して見捨てない」と真摯に向き合い続けた姿が多くの人の感動を呼び、静かにロングラン上映している。(松島香織)

日本が急激に経済成長を遂げた1970年代に医師として歩み始めた中村は、当時の医療のあり方に閉塞感を感じ、パキスタンを訪れる登山隊に同行する医師に応募した。訪れた地には病院がなく、病を患った現地の人々が登山隊に助けを求めてきた。だが、薬は隊員のために取っておかねばならず、中村は明らかに重病である人を見捨てなくてはならなかった。この時の悔恨の念から「決して人々を見捨てない」と決意したことが、その後の活動の原動力となった。以後はパキスタン北西にあるカイバル・パクトゥンクワ州の州都・ペシャワールの病院でハンセン病治療に従事し、西側の国境に位置するアフガニスタンの山岳地帯に診療所を次々と開設した。

アフガニスタンは、長年にわたる紛争や内戦、自然災害により国土は荒れ果て、農業や牧畜を諦めた人々が収入を得るため傭兵になるという実態があった。2000年には大干ばつに襲われ、翌年には9.11アメリカ同時多発テロ発生に起因した米国を中心とした有志連合よる空爆が開始された。情勢が悪化する中でも中村は希望を失わず、水を確保するために井戸を掘ったり、用水路建設を始めた。「農業をまたやりたい」と傭兵をやめて戻ってきた農夫らが作業に加わり、失敗を重ねながら、7年後に「真珠」を意味する「マルワリード用水路」が完成。干あがっていた土地に小麦の穂がなびき、砂漠には緑のオアシスができた。今では65万人の暮らしを支えるまでになっているという。

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飄々として無口だが、現地の人との話し合いに何度も足を運び、裏切られても裏切らない真摯な態度で信頼関係を築き上げてきた中村。その命は2019年12月、さらなる用水路建設に邁進する最中に凶弾によって奪われたが、どんなに絶望的な状況でも、明確な希望を描いてみせ、それを現実のものとする彼の行動力と意志の強さを多くの人が尊敬してやまない。

ポレポレ東中野(東京)は7月下旬から本作品を上映しているが、11月4日まで上映延長を決めた。公開当初は主に中村のファンが見に来ていたが口コミで広がり、現在は彼を知らないさまざまな年代が見に来ているという。「医療にこだわらず、人を助けるために命の根源である水に着目し、用水路を建設した中村さんの姿に感銘を受けた人が多いのでは」と同館担当の小原治さんは話した。全国にて上映中。

https://youtu.be/rgc3pSFiZ8s

『劇場版 荒野に希望の灯をともす』
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企業のCSRや広報・IR部署を経て、SDGs、働き方改革(ダイバーシティ)、地方創生などをテーマに取材中。

松島 香織 (まつしま・かおり)

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