「地域脱炭素に再エネとアートの融合が必要」LAGI、大分の高校生向けに日本で初講演

再生可能エネルギーとパブリックアートの融合をめざすプラットフォームLAGI(Land Art Generator Initiative)は2022年夏、日本で初めて講演を開催しました。次世代人材の育成を目的に、STEAM教育(科学・技術・工学・芸術・数学を総合した教育)を推進する大分県から招待を受け、高校生向けにオンライン形式で開催しました。今回、LAGI日本代表・廣部嘉祥が、主催の大分県教育庁の釘宮隆之氏に感想などをうかがいながら、講演の様子について紹介します。

釘宮隆之氏 大分県教育庁 高校教育課 主幹(総括)
1975年生まれ。1998年大分県に採用。これまで経理部門、情報化部門、財務部門、秘書、人事部門等の担当を歴任し、現在は高校教育部門で、予算管理やSTEAM教育、宇宙関連、EdTech関連、ドローン関連、AI・DXなど先端技術関連の企画立案、マネジメントを実施。
プライベートでは、家族と県内各地の観光イベント等に多数参加。教育は、世界を変える(世界を創造する)最大のツールであると考え、日々楽しく仕事に従事している。

開催背景(なぜ大分県はLAGIを招待したのか)

⼤分県では、令和3年度から先端科学技術分野等で幅広く活躍できる次世代⼈材を育成するために「⼤分県STEAM教育(次世代⼈材育成)推進事業」をスタートしました。広瀬勝貞知事が米シリコンバレーへの視察を通じて、STEAM教育の可能性を感じたことが契機となったと釘宮氏は語ります。

講演会やシンポジウムなどを通年開催する「大分県STEAM教育推進事業」
年間プログラム

「2019年8月に知事がシリコンバレーを視察して以来、産業創造ならびに女性活躍推進の両面で、大分県ではSTEAM教育への関心が高まり、一気に事業として進展しました。はじめは、誰も理解が追い付いていなかったと記憶しています。

ただ、私は1万人以上の高校生の授業を見てきた経験から、STEAM教育に心惹かれるものがありました。なぜなら、生徒がワクワクしていない学校教育の現場をいくつか見たことがあったからです。本来、学ぶことは楽しいはずなのに、学年が進むについて、つまらなそうな顔が増えていくのを実感していました。STEAM教育が探究心を育むことに主眼を置いていると知ったときに、コレだと感じたのです」(釘宮氏)

海外発のSTEAM教育を、記事やイベント、教材開発などを通じて、日本の教育関係者や一般市民に伝えてきた国内最大級のSTEAM教育メディア「STEAM JAPAN」との出会いが、プロジェクト推進の大きな要因でした。彼らの支援により、2021年度からプロジェクトが本格的にスタートしました。そして、2022年度のSTEAM教育のテーマは、"カーボンニュートラル "と "宇宙 "です。

「大分県の産業構造上、『カーボンニュートラル』は外せないテーマです。大分は、製油所と石油化学の両方の機能を有する九州唯一の石油化学コンビナートがあり、その影響力は大分市の製造品出荷額を全国15位に押し上げるほどです。化学繊維やプラスチック、塗料、ゴムなどを製造し、この70年間、地域産業に大きな貢献をしてきました。しかしながら、コンビナートが一因となって、県のGDPあたりのCO2排出量が全国ワースト1位という実態もあります。『カーボンニュートラル』は避けては通れないテーマなんです。

もちろん学校でも、カーボンニュートラルについては触れられていますが、どうしても大局的な話に終始しがちで、好奇心旺盛な生徒からすると物足りないかもしれません。よって、STEAM教育事業では、外部のプロフェッショナルによって、テクノロジーの最前線を知ることができるようにしたいと考えました」(釘宮氏)

その後、STEAM教育事業をパートナーとして推進するBarbara Pool(『STEAM JAPAN』の運営会社)からの推薦で、釘宮氏はLAGI日本の存在を知り、代表の廣部が企画・進行するこの特別講演を開催する運びとなりました。

LAGI共同設立者と日本代表が、大分の高校生に伝えたこと

講演の冒頭、LAGI日本から、カーボンニュートラル実現に向けた大分県の現状について紹介しました。例えば、大分県は、「再エネ自給率」が全国2位であること、また、「県内GDPあたりのCO2排出量」が全国ワースト1位であること。回答者のうち55%はどちらも知らなかったと回答しました。高校生の過半が知らないのはある種当然のことながら、高校生たちがカーボンニュートラルについて学ぶ意味を強調したく、全国1、2位という特筆すべき記録を例示してみました。講演後のアンケートでは、「大分の現状を知ったことで、学ぶ動機付けが高まった」というコメントもあり、冒頭のプレゼンの効果はある程度あったと推測しています。

一方、次世代エネルギーとして水素が注目されていることを伝えた後、大分合同新聞の表紙にも掲載された、「豊富な地熱を利用したグリーン水素の製造実証事業」を全国的に見ても先駆的な事例として紹介。さらには、カーボンニュートラルは今後数年で達成されるようなものではなく、同時に多様な職業で貢献できることも説明しました。カーボンニュートラルへの挑戦は、今の高校生が将来、大学や職業を選択する際の重要な指標となることを訴えたのです。これは人類の総力戦であり、生徒の皆さんがどのような進路を選択しても、それを通して貢献してくれることを期待している、と。

その後、世界で起きている気候変動を下記のようなユニークなグラフィックを用いたり、世界銀行の調査の「2050年までに2億人の気候変動難民(武力紛争による難民の3倍)が台頭する」との予測を紹介したりして、世界全体でカーボンニュートラルを目指す必要性を訴えました。同時に、ポジティブな面として、トヨタによるWoven Cityやアジアの学生起業家による新たな技術革新についても触れ、抗議デモ以外の実践的な取り組みを紹介しています。

1901-2021 年の日本の気温を表したグラフィック(左が過去)
食品廃棄物からカラフルな太陽光パネルを作ったフィリピンの若手起業家

講演の本編では、LAGIディレクターのエリザベス・モノアン(Elizabeth Monoian)氏とロバート・フェリー(Robert Ferry)氏が、有機薄膜太陽電池など技術別にLAGIデザインコンペに応募があった作品を複数紹介しました。Q&Aやアンケートで最も大きな反響を得たのは、2014年にコペンハーゲンで行なったコンペに出品された「Beyond the Wave」です。ピンク色に着色された有機薄膜太陽電池(OPV)技術を使って、ピクニックができるようなモダンで開放的な発電所をデザインしました。

Beyond the Wave, by Jaesik Lim, Ahyoung Lee, Jaeyeol Kim, Taegu Lim, uses organic photovoltaic to generate 4,229 MWh per year.

高校生のみならず参加した大人からも、「ピンク色で、曲がる太陽電池は従来のそれのイメージを完全に覆した」といった声が聞かれました。大人でも太陽電池のイメージが古いままなので、最新の技術が叶える美しいデザインについては、発信し続ける意義はあると再確認しました。実は、最近、日本では大阪の再開発プロジェクトで非常に薄いペロブスカイト型太陽電池が世界で初めて設置予定と発表されました。今回の講演では取り上げられませんでしたが、今後のSTEAM教育イベントでも取り上げていく予定です。

作品紹介以外においては、なぜ一部のメガソーラーが日本で嫌われているのかを、街づくりの観点で説明し、生態系や地域社会と共生しながら開発・設計することの重要性を唱えました。また、太陽光パネルが、居心地のいい公共空間を都市生活者に提供したり、農業と発電を同時に行なう「ソーラーシェアリング」によって農家の収入増に寄与したりするという副次効果についても触れ、太陽光発電とその投資の費用対効果を多角的に評価できる材料を差し示しました。

左:アリゾナ州立大学の太陽光パネルを用いた公共空間 右:ソーラーシェアリング

講演のハイライトは、Q&Aでした。当初、それほど質問が出ないのではないかという話が事務局からありましたが、質問は止まず、通訳を介して30分以上も質疑応答をしました。下記にていくつかご紹介します。

質問1:カーボンニュートラルの実現には、どのような技術革新が必要で、どのようなことが期待されるのでしょうか。

実は、カーボンニュートラルの実現に必要な技術革新は、既に数多く存在しており、追加的に必要ではありません。多くの大学や研究団体は、現在ある技術だけで自然の環境容量と人間の調和を実現するための技術的な道筋を立案しています。もちろん課題はない訳ではなく、技術的な道筋における課題の1つは、変動的な再生可能エネルギー源を既存の電力網に容易に統合できるようなエネルギー貯蔵の進化です。

私たちは、最も重要な技術革新は、おそらく機械技術的ではなく、「社会技術的」なものだと考えます。具体的には、メディア、教育、世論形成等です。エネルギー転換を社会全体で支援し、化石燃料から自然エネルギーへと投資をシフトさせる政治的意志を構築しなければなりません。

質問2:将来、世界で活躍するために、高校で学ぶべきことは何だと思いますか?

システム思考と生態学のレンズを通して、アートとデザインについて学ぶことでしょう。また、ストーリーテリングの芸術や、批判的に考える思考法、私たちが時に当たり前だと思っている社会システムの構造を検証することも重要です。人工知能に支配された経済社会では、創造性と戦略的なシステム思考が最も評価されるスキルになるでしょうから(これらは、機械学習によって習得される可能性が低いものです) 。

より良い未来のために自分自身のビジョンを描き、同時に多くの課題に直面することを知り、それを克服するために必要な柔軟性と妥協性を精神的に備えておくことも若いうちが良いです。

質問3:今後、日本の観光産業が世界から注目されるためには、環境や自然をどう生かせばいいのか?

LAGIでは、文化発信地を兼ねた再生可能エネルギー発電所の実現に取り組んでいます。クリーンエネルギー技術をメディアとし、公共空間にアート作品を製作することで、都市はサステナブル志向の観光客を惹きつけることが可能となり、また持続可能な開発へのコミットメントを宣言することにもなります。

観光業界のトレンドとして、旅行者はより学びのある体験を求めています。これからは、一日中プールサイドで過ごすよりも、現地の文化や技術を学んで環境活動に参加し、CO2吸収や排出量抑制に貢献することが重要になるかもしれません。「リジェネラティブ・ツーリズム」と呼ばれるこの新しい手法は、地域がサステナブルな旅行地をつくることで、観光収入を得るのと同時に、生態系の回復・再生に向けてのプログラムを開発に織り込むことを意図しています。観光客が受動的に地域で過ごすのではなく、環境保全の担い手として積極的に参加していくのは、これまでの観光とは異なるでしょう。

ちなみに、大規模なアート作品が、観光客を呼び込み、経済効果を生み出す原動力になることは証明されています。例えば、オラファー・エリアソンの「ニューヨーク・ウォーターフォール」プロジェクトは、建設費1550万ドルをかけたパブリックアート作品です。この作品はたった4カ月しか設置されませんでしたが、その4カ月の間に5350万ドルの経済効果をもたらしました。もし同様の大型作品が、何千メガワットものクリーンな電力を街に供給し、次世代教育の場として何世代にもわたって存在し続けたら、どういう未来が期待できますか。前向きな気持ちで想像してみてください。

大分県、LAGIそれぞれが講演後に感じたこと

高校生と共に聴講していた釘宮氏に、講演の感想を聞きしました。

「大分県教育委員会としては、高校生が実際に人と交流して、多様な選択肢を知ることが重要だと考えています。今回やってみて、内容の多様性と共有されたアイデアに満足感を覚えました。

何より参加していた高校生たちがイキイキしていたのが良かった。60名ほどの参加に留まりましたが、もっと多くの学生に聞いてほしかったというのが本音です。また、高校生も声を上げていましたが、LAGIと一緒に大分の街を歩き、この地域の課題を自ら見つけ、それを解決するための技術・デザインなどを手段として考える機会を設けられたらと思いました」(釘宮氏)

個人的な学びについても言及してくれました。

「カーボンニュートラル実現は我慢や犠牲の上に成り立つものだと思っていました。講演を聞いて、アートやデザインの発想で、色々な解決策が検討可能と分かった今、色々なことを我慢しなくていい、特定の解決策にこだわる必要がないと思えたのが収穫でした。

また、個人的にSTEAM教育はArtが肝だと思っていましたが、それを再確認できた講演でもありました」(釘宮氏)

視界が開けたというと大袈裟かもしれませんが、このような感想を聞くことができたのは講演者として嬉しい限りです。今回はオンラインでの講演でしたが、大分県にぜひ行ってみたいです。私たちLAGIとしては、美しいカーボンニュートラルな世界を前進させるために協力できることを楽しみにしています。

LAGI(Land Art Generator Initiative)

世界の建築家やデザイナー、エンジニアが集う“サステナブルデザイン”の国際イベントを企画・運営するアートNPOのLAGI(2009年設立、2022年から日本展開)。「再エネ施設のデザインコンペ」「STEAMワークショップ」を通じて、脱炭素まちづくりを目指します。コンペはコペンハーゲンやメルボルン等の10の環境都市で開催実績があり、現在2都市で進行中。ここでは、「建築・建設産業からのCO2排出量は、全産業の40%を占める」という現状を打破し、地域社会に還元する「サステナブルデザイン建築」のトレンドや実例をご紹介します。

https://japan.landartgenerator.org/about/overview/

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