令和4年秋の叙勲 受章おめでとう

◇瑞宝小綬章 警察功労 青木 正治さん(76、妙高市田口) 02年日韓W杯で雑踏警備指揮

青木正治氏

 昭和40年、新潟県警入庁。平成19年3月の退官までに首席監察官、新潟東署(現在の新潟署)長を歴任。受章は「本当に光栄だ。私一人のものではなく、上司や先輩、同僚、後輩、家族の支えがあった結果。感謝している」と話す。
 最も強く覚えているのが平成14(2002)年のFIFAワールドカップ日韓大会。本県では新潟スタジアム(現在のデンカビッグスワンスタジアム)が会場となり、3試合が行われた。県警警備二課長として、海外の諸情勢の把握から警備計画の作成、実行まで携わった。同大会は暴徒化するファン、いわゆるフーリガンへの対策が大きな課題だった。対策を万全にするため、部下をイングランドやフランスなど、サッカーの〝本場〟へ派遣して知見を高め、本番では4000人規模の雑踏警備を行い、安全な大会運営に貢献した。
 「デビッド・ベッカム選手(当時イングランド代表、準々決勝で新潟入り)は大人気で、彼が現れる所では大変な人だかりができた」。警察庁から警備を褒められたことは今も忘れられない。「新潟県警の雑踏警備は、先輩たちが積み上げてきた実績と調査がある。だからこそ私もできたし、今もできていると考えている」

◇旭日小綬章 地方自治功労 村山 秀幸さん(74、大潟区潟町) 「大合併」後の上越市かじ取り

村山秀幸氏

 「平成の大合併」で1市13町村が一つになった上越市。合併4年後の平成21年から令和3年まで、市政のかじ取り役を担った。「多くの市民の応援を得て市長に就任することができ、12年務めた。叙勲は評価の一つだと思っている。お世話になった人たちに感謝の思いを伝えたい」と話す。
 合併で規模も人口も財政規模も膨らんだ上越市。早くから行財政改革を打ち出し、現在の市政の基盤をつくり上げた。市内各地をつぶさに見て回り、市民の生活の営みや新たな産業の芽生えを知り、災害対策への知識とした。市長在任中は東日本大震災、北陸新幹線開業、新型コロナウイルス、東京オリンピックと大きな出来事も続いた。
 学生時代は教員を目指したが、紆余(うよ)曲折あって公務員の道へ。県職員と上越市副市長、市長合わせて50年、行政に取り組んだ。「先日、13歳の頃からお世話になった恩師が亡くなった。学校の先生を目指していたこと、行政に取り組んできた50年を思い返した」
 「健康年齢というものがある。残された時間は今まで生きてきた時間より短い。できること、やりたいことをしたい。そう思った」。職を辞してからは庭の草刈りや菜園、スキーなどを楽しんでいる。

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