「アカデミズムでも、ここまでは言える」中国論
日本学術会議の騒動も手伝って、「アカデミズムの世界は今もって左派的なイデオロギーが主流であり、中国に融和的だ」というイメージをお持ちの方もいるかもしれない。中国の台頭を脅威とみなす向きにとって、これらのアカデミズムの動きは利敵行為にも見えるかもしれない。
しかしこれは、仮にいてもあくまでも一部。多くの学者は、研究対象として、客観的に中国という国を観察しているのではないか。川島真、小嶋華津子編『UP Plus 習近平の中国』(東京大学出版会)はその成果の一つだ。
本来はなかなか手が出ない学術書を出す大学系の出版社が、より一般に読みやすい形でその「知」を普及しようというシリーズの一冊で、これまでにも米中関係やバイデン政権、ウクライナ戦争に関するシリーズが刊行されている。
今回の『習近平の中国』は、経済、国内統治、外交・安全保障という3つの柱を立て、4本ずつの論文を収録している。執筆者の中には防衛研究所地域研究部中国研究室主任研究官の山口信治氏やジャーナリストの高口康太氏もいるなど、「質」を担保しながらバラエティに富んだ顔ぶれで、中国の現在を掘り下げているのが特徴だ。
むしろ、「決してイデオロギー的でもオピニオンでもなく、反中に基づくものでもない姿勢から、学者が学術的手法に則って、今の中国や習近平を語っても、ここまでのことは言えるのだ」という線を確認できることに、大きな意味がある。
中国が躍起になって取り組んでいるように、学術的蓄積というのは国の財産でもある。そうした財産を「学者は左翼だから」などと無視するのは、何より勿体ないことなのだ。
「台湾統一」のためのアメとムチ
収録された12本の記事全てを紹介するのは難しいので、保守派の読者が特に気になる話題を取り上げた論考を3つ取り上げてみよう。
まずは中台統一の可能性と、習近平政権の対台政策を分析した法政大学教授・福田円氏の論考。「武力統一も辞さない」が、一方で「戦わずして勝つ、が中国の理想」とされる中国は、実際に武力と非武力、双方からの統一に向けたアプローチを行っている。
その後者の一つとして紹介されているのが、中国・香港・台湾に展開するタピオカ・ミルクティ店に対する政治的態度の表明を迫るもので、各店は「中国は一つ」「一国二制度支持」という姿勢を示すよう強要されたという。
「おいおい、タピオカ店まで統一工作に使うのか」と笑いかけたが、確かにタピオカ・ミルクティは日本でも「中国」ではなく「台湾」の飲み物と認識されている。これ自体が中国にとっては脅威なのかもしれない。
タピオカ以外にも台湾スイーツは豆花やカステラなどが日本で人気を得ているが、いずれ日本のこうしたスイーツ店にも、「一国二制度支持を表明せよ」との中国政府の指導が入るのだろうか。
さらにこの論考では、中国が台湾に対して脅しというムチだけではなく、アメをも使っていることが指摘されている。中国で就学、就業、創業する台湾人や中国に進出する台湾企業に対する優遇策を講じたり、中国人民と同等の権利を与えるのだという。
中国人民から「台湾特権だ」「中国人と同等の権利を与えるな」などと文句が出ないのかと気になるが、一方で「独立分子」とみなした相手は徹底的に叩くなど、台湾内の世論を分断しようという狙いも見える。
「コピー天国」の功と罪
続いては、「中国はイノベーション大国となれるのか」を論じたジャーナリストの高口氏の論考だ。
「中国はパクるのがうまいだけ」「産業スパイが取り締まられれば技術革新も止まる」と一蹴するのは簡単だが、どっこい、そうはいかない中国の技術力と社会のしたたかさが、本稿からは垣間見える。
確かに、中国の市場にはiPhoneを丸パクリしたような製品や、見た目はスマホのようだが通話機能しかない製品などが流通していた時期はあった。だが、「コピー天国」だったというその土壌が、中国独自のシステム(「公開」という)を生み出し、収益に結びつけもした。
むしろ、利益を守るためにがちがちに固められた欧米の知財ルールの元では誕生し得ない、有機的なイノベーション環境が中国で生まれてしまった、という皮肉な状況も存在する。その話は本稿でも参考文献に挙げられる『ハードウェア・ハッカー 新しいモノをつくる破壊と創造の冒険』(アンドリュー・〝バニー〟・ファン著、技術評論社)にも詳しい。
高口氏は今後の中国のイノベーションを左右する3つの要素を挙げており、その推移によっては中国の技術発展には急ブレーキがかかる可能性もある、と指摘する。
確かに、「知財ルールを無視し、『自由(勝手)』に技術を使えたからこそ発展できた」のが今の中国の技術周りであるなら、さまざまな面で「自由」を制限する習近平政権の動向は、人々の発想やアイデアにブレーキを掛けるものになり得るだろう。
安倍政権「対中外交」の裏と表
最後は、やはり気になる日中関係の今後だ。これは本書の主編者である東京大学大学院教授の川島真氏が担当している。
2022年は日中国交正常化から50年目の節目の年だったが、祝賀ムードは全くなかった。日本国民の対中感情も悪化の一途をたどり、川島氏も〈日中関係は極めて厳しい状況に直面している〉と書かざるを得ない現状にある。
川島氏は、日中関係の変化には5つの要因があるとして経済や安全保障、国際環境の変化などを挙げているが、この中で興味深いのは、第一次・第二次安倍政権の日中関係に対する姿勢だ。
もちろん第二次政権下では「自由で開かれたインド太平洋」という概念を提唱し、中国の海洋進出を牽制する理念と枠組みの必要性を訴えた。まさに「中国包囲網」で、安倍政権最大の功績といえる。
だが一方で、川島氏は〈二〇〇六年からの安倍政権も、国内の対中感情が極めて悪い中で、対中関係を改善しようとし〉たし、〈安倍政権は中国に「親しみを感じない」という圧倒的多数の民意を踏まえつつも、最終的には日中関係が大切だとする声に応えていくという路線を推進した〉と指摘する。
意外かもしれないが、実際にそうで、第一次安倍政権下の07年に当時の温家宝首相は天皇陛下に謁見し、国会演説を行っているし、第二次安倍政権下でも、コロナさえなければ習近平主席が来日し、やはり天皇陛下に謁見する予定になっていた。
つまり、安倍政権は安全保障や国際関係においては対中強硬ともみられる枠組みを提唱しながら、日中2国間では本来なら保守派が反発するほどの対中融和外交を実施していたのだ。
中国の強みと弱みを両にらみせよ
本書を通じて言えるのは、中国が手ごわい強国になったことは間違いないが、だからこそ強みも弱みも知らなければならない、ということであり、さらには現実に日本がどう相対してきたか、を知ることがいかに重要か、ということだ。
保守言論では、中国の軍事力については脅威論を唱える一方で、中国経済については崩壊論も根強かったし、産業に関してはパクリを嘲笑する風潮もあった。だが現実はどうだったか。一方で、さらに前にはメディアに中国礼賛論が溢れ、安易な日中友好論が跋扈していたことも確かだ。
どちらに偏っても、中国という大国と対峙することはできない。強みと弱み、双方を両にらみできる目が必要であり、その目を養うのに本書は欠かせないのである。