パステルカラーのシティポップ!いま話題のジンジャー・ルートって知ってますか?  恵比寿リキッドルームで来日公演!

1980年代前半の洋楽を真似たジャパニーズポップスの匂い

パステルカラーの背景に、眼鏡をかけた長髪のアジア人の男性がシャンプーを手に持ち、にっこり微笑む姿の横には、「ナチュラル配合! 香りなし!」と書かれた映像。

なんじゃこれは!!!!

―― これが56歳のわたしとジンジャー・ルートの出会いである。

映像は衝撃的だったが、その楽曲を聴いてみると、1980年代前半の洋楽を真似たジャパニーズポップスの匂いを強く感じるものだった。

彼の名前を聞いたことがないという方もまだまだ多いだろう。ジンジャー・ルートは、南カリフォルニアの芸術家一家に生まれ育った、中国系アメリカ人のエディター、ミュージシャン、オーディオ エンジニア、グラフィック デザイナーでもあるシンガーソングライター、キャメロン・ルー(Cameron Lew)の音楽ユニットだ。

自らの音楽を「アグレッシブ・エレベーター・ソウル」と称する。この言葉の由来は、ライブ中に「エレベーターの中で踊っているようなチルを感じる一方で、アグレッシブに叫ぶように歌っているね」と言われたからという。音楽面ではソウルやファンクがベースになっているが、あまり凝り固まった印象は受けない。

彼は子供の頃から『美少女戦士セーラームーン』『新世紀エヴァンゲリオン』をはじめとする日本のアニメに親しみ、高校時代にYMOから多大な影響を受けたことをきっかけに日本の音楽に興味を持った。

学生時代から音楽活動をしていたが、2017年からジンジャー・ルートとしての活動をはじめ、2021年にはプロデュース・作曲・演奏・レコーディング・ミックス・マスタリング・映像監督・編集・主演、これらすべてがGinger Root本人という6曲入りEP『City Slicker』を発表する。

架空の映画のサウンドトラック「City Slicker」

日本のシティポップの影響をぐっと強調し、架空の映画のサウンドトラックというアルバム・コンセプトを表現した『City Slicker』のMVで全曲を制作した。このアルバムに収録された「ローレッタ」が2021年11月に日本のラジオでもオンエアされ、そのMVが話題を呼んだ。

VHS画質で4:3の画角のアナログテレビ画面的なMVでは歌から管弦付きフルバンドまでひとり何役もこなし、ステージの奥には「姜根(=Ginger Root)」がでかでかとーー。このMVでの歌いっぷりは、ザ・トップテンに出ていた石野真子さんのイメージだという。実際の歌とサウンドは1980年前後の洋楽に影響されたシティポップを意識しているようで、生楽器のソロも入っている。

6曲入りEP「Nisemono」日本がいちばんハッピーに見えたパステルカラーの時代

そして、2022年9月9日に6曲入りEP『Nisemono』を発表した。

この『Nisemono』、「日本の70年代後半~80年代半ばくらいの昭和の雰囲気が好き」というジンジャー・ルートの昭和好き感が随所から漂うMVが、後追いの昭和好き世代にも、当時の雰囲気を知る私のような50代にも ”あったあった!“ 感あふれる内容のドラマ仕立てになっている。

彼のインタビューによると、『Nisemono』を創作するにあたって、日本の深夜の音楽番組、インタビュー、ドラマ、映画の再放送やVHSテープをたくさん見て、当時の姿に少しでも近づけようとしていたという。また、機材についても、当時の質感を出すために、当時の機材を手に入れて撮影したという。

6曲入りのEP『Nisemono』からは、2022年12月現在4曲のMVが公開されている。残りの2曲についてもツアー後にMVが公開される予定だ。EPに収録された6曲とも、80年代前半のAORや当時の日本のポップスの雰囲気がたっぷり詰まっている。日本がいちばんハッピーに見えた、希望に満ちたパステルカラーの時代を、そのまま真空パックしたようだ。

MVが公開されている4曲を紹介しよう。

Kimiko!

インストゥルメンタルの上にぶりっ子丸出しのナレーション。アイドルもののLPやシングルB面で時々見られた。ただし、ここまでぶりっ子を強調した喋り方は当時の女性アイドルはしていなかった。内容は、平凡や明星といったアイドル雑誌に記載されたモノローグ感がそのまんま。

随所に「木綿のハンカチーフ」のイントロを思わせるフレーズが挟まれているのが、日本のポップスへのオマージュを感じる。

Loneliness

小泉今日子さんのデビュー当時にそっくり似せた黄色いワンピースをまとう女性アイドル・竹口希美子の「私、やりたくないの」からMVは始まる。焦った希美子のマネジャーはスタジオの片隅にいたジンジャー・ルートに声をかけた。「君がこの曲作ったんだよね?」ーー そして、希美子の代役で彼がテレビのスタジオで歌ったことから、ニュースでも取り上げられ、あれは誰? と話題沸騰。ジンジャー・ルートは瞬く間にスターになってしまった。また、飛行機のタラップから降りてきてジンジャー・ルートが歌う場面は、明らかにザ・ベストテン(1980年8月14日放送)の松田聖子が「青い珊瑚礁」を歌った、あの場面のオマージュ。

1980年代前半のポップカルチャーを端的に切り取ったMVは見ていてなかなか面白い。“竹口希美子” という名前にも、彼が大好きだという竹内まりやさんの幻影を感じる。

MVで竹口希美子を演じているのは、2000年生まれの昭和好きのシンガーソングライター、アマイワナさん。この竹口希美子、誰かに似てると思ったら2013年のドラマ『あまちゃん』で、有村架純さんが演じた天野春子の若い頃、80年代の姿だと思うのだ。ここにも日本のドラマへのオマージュが感じられる。

Holy Hell

テレビ番組や各種CMにジンジャー・ルートが出演し、消費される存在になっていく状況が描かれる。“ジンジャー・フレッシュ!” という清涼飲料水のCMからはじまる。ジンジャエールのオレンジ味なのだろうか。五番街ニュースの女性キャスターもお気に入りのようだ。

「ナチュラル配合! 香りなし!」のコピーで微笑むジンジャー・ルートが出演する “ミス・ローレッタス”。シャンプーか何かのCMだろう。“恋コロン髪にもコロンヘアコロンシャンプー” のパロディかもしれない。あちらはコロンが売りだがこちらは香りなし。冒頭で私が噴いたのはこの場面だ。

Over The Hill

ジンジャー・ルートが行方不明というニュースが流れ、多くのファンが心配する中、マネジャーは八方手を尽くして探すが見つからない。当のジンジャー・ルートは海辺や田舎で過ごしていたり、図書館で希美子のことを描いたコミックを読んだりしていた。カメラマンがマネジャーに渡した写真からマネジャーは彼を探しに奔走する。

映像ではこれまでの彼の作品名があちこちに登場する。無線機のような携帯電話や、高中正義さんの1977年のアルバム『AN INSATIABLE HIGH』ジャケットをオマージュした場面もあり、ネタ探しが楽しい。

ーー 2023年1月には日本と韓国でのツアーが行われる。来日公演の宣伝もジンジャー・ルートのYouTube内にある「五番街ニュース」形式で行われた。チケットは早々にソールドアウトしている。JOSN五番街ニュースで公開されるのだろうが、どんなライブになるのか、行った人たちの報告を待ちたい。

1980年代前半の、希望に満ちたパステルカラーの空気をまとった音楽は、2020年代もファンタジーとして、多くの人々を魅了することだろう。

参考: ■ 雑誌『BRUTUS』2022年3月15日号 歌謡曲特集(マガジンハウス)
■ どこよりも詳しいGinger Root [1] :来日前の大特集!音楽と映像をひとりで作り上げる、稀代のアーティストを完全解説・前半(Dr.ファンクシッテルー)
■ どこよりも詳しいGinger Root [2] :来日前の大特集!音楽と映像をひとりで作り上げる、稀代のアーティストを完全解説・後編(Dr.ファンクシッテルー)

カタリベ: 彩

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