北米最大のサケの海上養殖事業をめぐる住民の闘い 米環境団体「Parley」が短編ドキュメンタリー制作

Image credit: ‘Our Waters’ - Trailer

米国の海洋保全団体「Parley for the Oceans(パーレイ・フォー・ジ・オーシャン)」は近日、メイン州フレンチマン湾で計画されている北米最大のサケの養殖場建設に反対し、地元の海や暮らしを守ろうと立ち上がった住民の声に光を当てた短編ドキュメンタリー『Our Waters(アワー・ウォーターズ)』を公開する。フレンチマン湾は豊かな生態系を有するメイン湾の一部で、国立公園に隣接する。米サステナブル・ブランドでは、ジャーナリストのニシン・コカ氏が本作の監督を務めるジョシュ・マーフィー氏に話を聞いた。

世界のサーモンの市場規模は2020年の約501億ドル(約6.5兆円)から2028年には1.5倍の約761億ドル(約9.9兆円)に達すると予測されている。需要の高まりと共に懸念されるのが、環境を破壊する養殖事業の増加だ。米北東部メイン州に位置するフレンチマン湾では、ノルウェー資本のアメリカンアクアファームズが計画する3億ドル(約380億円)規模ともいわれる北米最大の海上養殖の建設に住民らが抗議の声を上げている。

パーレイはこれまで、海の美しさ・脆弱さへの関心を高め、海を保全するためにクリエイターや企業などと連携してきた。その1社であるアディダスは2015年の提携以来、同団体と協働して、海岸などで回収したプラスチックをアップサイクルした素材「PARLEY OCEAN PLASTIC」を使用したシューズなどを継続的に販売するほか、海洋プラスチック汚染問題を啓発するランニングイベントを世界規模で展開してきた。

『Our Waters』の監督を務めるジョシュ・マーフィー氏は、米サステナブル・ブランドの取材に対して「ノルウェー企業の背後にある資金が住民の合意を覆すほど強力な可能性があることに多くの地元の人たちは本当に腹を立てています」と語る。

'Our Waters' - Trailer from Parley for the Oceans on Vimeo.

パーレイが運営する「Parley.TV」のキャンペーンの一環でもある本作には、こうした状況を変える狙いがある。

しかし、フレンチマン湾周辺に暮らす人たちが立ち向かっているのは単に一企業ではなく、強大な、成長著しいグローバル産業そのものだ。サケの需要が高まる中、主要漁場での持続可能性に関する課題が明るみになる一方で、サケの養殖は爆発的に増加し、大手養殖企業には数十億ドルの投資が行われてきた。

Image credit: ‘Our Waters’ - Trailer

サケの養殖が問題視されるのには正当な理由がある。廃棄物や化学物質、病気などを地域の水路に流出させ、海洋生態系を破壊し、持続不可能な(養殖用飼料の原料である)魚粉の需要をつり上げているからだ。さらに、養殖場で繁殖される遺伝子組み換えのサケが逃げ出し、天然のサケと交配し、野生種の遺伝的多様性を損なうことも懸念されている。

マーケットの力を活用して社会的課題の解決を推進する団体「Changing Markets Foundation(チェンジ・マーケット・ファンデーション)」でキャンペーン・マネージャーを務めるナターシャ・ハーレイ氏はかつて「サケの養殖は崩壊した食料システムの典型事例です。毎年、数百万トンの天然魚が養殖魚の餌として獲られています。養殖場の致死率は急増しており、汚染によって既存の生態系や天然のサケにも害が及んでいます」と声明を出した。

しかし、どんなテクノロジーでもそうであるように、すべての養殖が等しく悪いというわけではない。方法や場所、地域コミュニティの巻き込み方によっては持続可能な方法で養殖することも可能だ。ただ残念ながら、メイン州で行われようとしていることは明らかに間違っている。計画によると、北米最大の工業的海上養殖は1日に未処理の排水を41億ガロン(約186億リットル)放出し、メイン州の4大都市が排出する量を超える窒素をフレンチマン湾に排出するとみられている。

Image credit: ‘Our Waters’ - Trailer

「海に網を吊るして養殖を行うので、余った餌や排泄物、フナムシを処理するのに使う化学物質などを回収する必要もありません。公共の水域に捨てるだけです」(マーフィー氏)

これは地元の重要な産業である漁業に害を及ぼし、近くのアーカディア国立公園や観光、観光に伴う経済的恩恵にも影響をもたらす可能性がある。

皮肉なことに、こうした養殖はメイン州を除く全米のすべての州で禁止されている。主に、環境への負荷が大きすぎるという理由からだ。この事業を進めることで、ノルウェーの持株会社「ブルー・フューチャー」の子会社アメリカンアクアファームズは計画から生じる環境コストを地域の人々に押し付けようとしている。

マーフィー氏は「利益を上げるために公共の資源を汚染する方がずっと安く済みます」と語る。一方で、より良い代替手段もあるという。「陸上養殖は非常に有効です。しかし、コストがよりかかるため企業にとっても利益が少なく、投資があまり進んでいません」。

ここで疑問が浮かぶ。投資家や小売業者は何をしているのだろうか。投資家は地球の長期的な健全性よりも利益を優先する企業を支援するべきではないし、小売業者も持続可能なサーモンの調達を行っていると保証するためにできることがもっとあるだろう。

「企業・ブランドは、環境への影響に配慮し、沖合養殖のサーモンを今後売るつもりはないと宣言することもできるでしょう。しかし、そういう企業・ブランドはまだ出てきていません」(マーフィー氏)

2022年4月、メイン州海洋資源局はアメリカンアクアファームズの2件の賃借契約を処理しないことを発表した。同社は州に異議を申し立てている。許可申請を改めて行う場合、計画が2〜3年遅れるとみられている。

監督は楽観的だ。世論のプレッシャーがメイン州議会を動かし、全米の他の州の仲間入りをし、沿岸水での養殖を禁止するだろうと考えている。

しかし闘いはそこで終わりではない。世界中で同じような事業が行われようとしており、米国や日本などへの養殖サケの最大輸出国であるチリを含む地域の生物多様性や暮らしを脅かしているのだ。

だからこそ悪質な事業に反対するだけでは不十分なのだ。マーフィー氏はシステム全体を見直す必要があると強く主張する。それにしても、なぜお金はこうも容易く、自然そのもののためではなく、人間が消費するために魚を増やすアグリビジネスに流れてしまうのだろうか。

サケに関してほかには、サケの主要な回遊ルートにダムを建設したことでワシントン州やオレゴン州、アラスカ州などでは天然サケの漁獲量に深刻な影響が及んでいる。さらに気候変動の影響も加わり状況は悪くなるばかりだ。マーフィー氏によると、景観を保全し、古くなり必要なくなったダムを撤去することでサケは劇的に増えるという。

「サケを無料で恵んでくれる環境を守るために誰が投資しているでしょうか。水産養殖には数十億ドルを注ぎ込む一方で、自然を守るために投じられるお金はほとんどありません。驚くべきことです」(マーフィー氏)

自然に投資することは、歴史的・文化的にもサケと関わりが深い太平洋岸北西部のネズ・パース族、ワシントン州のヤカマ族などの先住民の支援にもなる。先住民は長年にわたり、自然に基づく解決策によって原生林を保全することを求めてきた。

ネズ・パース族の副酋長であるシャノン・ウィーラー氏は「先住民はおそらく他の誰よりも直面している事態を理解しています。サケの危機、気候の危機、90年にわたる先住民への不平等に対処する待ちに待った機会です」と言う。

ネズ・パース族やヤカマ族、フレンチマン湾の住人などによる持続可能で長期的な解決策の実行を支援することは、漁業が直面する危機の根本的課題に適切に対処する唯一の方法だ。このことはまた、投資家がこれまでのようにアグリビジネスではなく、自然に基づく解決策に資金を投入しなければならないことを意味している。

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