渡辺GMの背番号「41」を背負う高卒ルーキー 西武ドラ6井上が目指す1軍の舞台

西武のドラフト6位ルーキー・井上広輝【写真提供:埼玉西武ライオンズ】

日大三高では2年春夏の甲子園に出場した井上広輝投手

コロナ禍の影響で約3か月遅れで開幕したプロ野球も、後半戦に突入した。今年入団した選手たちも、異例のシーズンの中でレベルアップに励んでいる。埼玉西武ライオンズのルーキーを紹介する3回目は、ドラフト6位で入団した井上広輝投手だ。

神奈川県厚木市出身。U-18日本代表の経験もあり、現在は青学大でプレーしている兄の影響で小学生の時にソフトボールを始め、中学生で野球に転向した。高校は兄と同じ東京の強豪、日大三高に進学。2年春夏の甲子園出場を果たした。

2年春のセンバツでは初戦の由利工戦にリリーフとして登板し、6回無失点と好投。続く三重戦では先発し6回3失点の内容だったが、チームは敗れ2回戦敗退となった。だが、この大会をきっかけに、プロを意識するようになる。

「甲子園は夢見ていたマウンドだったので、不思議な感覚でした。自分が思った以上の力が出ているような気がしました。最初は緊張しましたが、投げていて楽しかったです。センバツでいいピッチングをして、自信がつきました。周りの人たちも期待してくれるようになったので、プロを目指して頑張ろうと思いました」

2年のセンバツ後に肘を痛めるも身体のケアの大切さを学ぶ

しかし、センバツ後に肘を痛めてしまう。プロ入りを意識した直後の怪我でショックは大きかったが、身体のケアの大切さを学んだ。怪我からの復帰は、夏の甲子園のマウンドだった。

「リハビリの期間でしっかり成長して『怪我をしたことがよかった』と思えるようにしようと思いました。怪我がきっかけで、トレーニングの大切さも分かり、身体のケアに力を入れるようになりました。夏の甲子園はずっと投げていなかったので不安はありました。でも『またあの舞台で投げられることに感謝してマウンドに立とう』と思いました」

夏の甲子園2回戦の奈良大附戦に先発し3回を無安打無失点に抑え、準決勝では吉田輝星(現日本ハム)擁する金足農戦にリリーフとして登板し、1回2/3を無失点に抑えたが、惜しくもチームは敗れた。プロ入りに向け更なる飛躍を目指した最終学年、エースとして臨んだ夏は、西東京大会の準々決勝で敗れ甲子園出場は叶わなかった。

「3年の時は怪我があって、なかなか自分が思っているような力が発揮できませんでした。技術的なことよりも、やはり怪我が一番怖いので、体のケアをしっかり行うようにしてきました」

西武のドラフト6位ルーキー・井上広輝【写真提供:埼玉西武ライオンズ】

GMを務める渡辺久信元監督が現役時代に付けていた背番号「41」

納得のいく投球ができていなかったこともあり、プロ入りに手応えは無かったが、ドラフトで西武から指名を受けた。

「父が西武ファンなので、子どもの頃よく試合を見に行っていました。岸投手、涌井投手が好きだったので、ユニフォームを持っていました。その西武から指名していただき、嬉しかったです」

プロ入りしてからも、引き続き身体のケアには力を入れている。お手本になっているのは、ルーキーイヤーに怪我に悩まされた今井達也投手だ。

「先輩方を見ても、身体が全然違います。まずは身体をしっかり強くしないといけないと思っています。今井さんとは、いろいろお話をさせていただいています。ピッチングのことだけでなく、ストレッチなどケアの重要性も教えてもらっています」

伸びのある真っ直ぐがアピールポイントだと話す右腕は、現在は球団のGMを務める渡辺久信元監督が現役時代に付けていた背番号「41」を背負う。

「偉大な背番号をいただいたので、それに負けないように、自分も活躍できるように頑張りたいです。そして、ライオンズの中心になれる選手になりたいと思います」

怪我に泣き、エースとして甲子園のマウンドに立つことができなかった。その悔しさを胸に、19歳のルーキーは1軍の舞台を目指し日々勉強の毎日を送っている。(篠崎有理枝 / Yurie Shinozaki)

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