南部地区特化のフリーペーパー「Hajikko」 江川町の武次さん 地道な発信で地域つなぐ

フリーペーパーを発行する目的などを語る武次さん=長崎市江川町、Hajikko商店

 長崎市の中心部から車で20分ほどの場所に位置する江川町。地元スーパーに近い道路沿いにガラス張りの白い建物がある。掲げられている小さな看板には「Hajikko商店」。一見して何屋か分からず、それでいて、おしゃれな雰囲気を醸し出している。地域住民いわく、ちょっと入りにくいらしい。
 この場所を事務所に「一人広告代理店」として活動するのは、15年前に福岡市からUターンした同町出身の武次亮さん(40)。2016年から南部地区の情報に特化したフリーペーパー「Hajikko」を1人で制作。定期的に発行し、今月30号に到達する。

これまでに発行された「Hajikko」

 毎号5千部限定で、配布先は基本的に南部地区に絞っている。外から人を呼び込むためでなく、地元の人に地元のことを知ってもらうのが一番の狙い。ただ、「地域活性化」という言葉は苦手で、「古里への恩返し」という意識でやっているつもりもない、という。
 そんな武次さんの意志とは裏腹に、地道な発信は「何もない」とやゆされることもある南部地区に光を当て、新たなつながりや楽しみを生み出しているようだ。

 長崎市南部地区限定のフリーペーパー「Hajikko」で取り上げるテーマはさまざま。ハード系パンや恐竜博物館、老舗食堂に深堀地区の町歩き、スナックのディープな世界まで踏み込む。発行ごとにファンが増え、スーパーなどに設置されてから数日中に無くなることも珍しくない。
 ちなみに、Hajikkoを制作する同市江川町の広告・イベント企画、武次亮さんが考える南部地区の入り口は「ベイサイド迎賓館がある(古河町)歩道橋辺り」という。
 2年前、フレスポ深堀(深堀町1丁目)に無印良品が開業した際には、南部の人気飲食店などが集まる「つながる市」開催に協力。今も無印良品が定期的に開き、新たな交流の場づくりに貢献した。
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 江川町で生まれ育った武次さんは大学進学に伴い、福岡暮らしがスタート。写真を学ぶ学科だったが、カメラマンになるつもりはなく就職活動もしていなかった。先輩に誘われるまま、卒業後、アパレル会社に入社。仕事と趣味と充実した生活を送っていた。
 転機は2年後に訪れた。父親が全身の筋肉が動かせなくなっていく筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症した。当時付き合っていた妻の栄子さん(40)は看護師だったため、すぐに病状を理解。結婚式も見せたいし、孫も抱っこさせてあげたいと、二人で帰郷を決めた。
 長崎市にあるタウン情報誌の発行会社に転職。営業職として7年間「鍛えられた」。広告業として独立し、紙媒体の将来を見据えると、広く浅くではなく、エリアを絞り深さを追求することが生き残りの鍵、そう考えた。そこで生まれたのがHajikkoだった。
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 「地域を盛り上げるためにやってるんでしょ」。よくそんな声をかけられるという。答えは否だ。フリーペーパーもイベントも「仕事として、家族を養うためにやっている」。地域活性化をうたい、補助金やボランティア頼りで開くイベントには懐疑的。盛り上がればそれでいいではなく、企業などを巻き込むならばメリットがなければ持続しないと考えるから、だ。
 取り組みが継続され、結果的に地域のためになるかどうかは周囲の「評価」でしかないと淡々と言う。その評価は期待が込められ、高いものが多い。
 Hajikko商店近くの茶専門店「新緑」の小川孝行さん(42)は「彼の行動はパフォーマンスがない」と信頼を寄せる。これまでに地域のハーブ農家と連携した茶を商品化するなど可能性の連鎖が出始めている。新戸町1丁目の花屋「BULL FLOWER」の店長、松本将平さん(37)も「Hajikkoのおかげでイベント出店や新規取引もある。間違いなく、地域活性のきっかけになっている」と話した。
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 13日、武次さんは同商店近くの県立長崎鶴洋高で「企画の考え方」をテーマに生徒を前に話した。同様に地元の中学からも職業講話を頼まれることがあるという。仕事が多様化する中、この地でもクリエーティブな仕事もできると自身の経験を伝えている。
 2人の娘の父親でもあり、若者が県外に出ることを否定はしない。ただ、残らざるを得ない理由がある人にとって、地区に詳しい同商店が窓口のような存在になれないか。4月には南部地区に特化した「お仕事情報誌NEED」を創刊。人手不足に悩む地域企業の課題解決にもつなげたいとする。
 人口が減り、地域の衰退が避けられない将来。「何もしないより、面白い場所や時間を少しでも増やしたい。それを周りが面白がってくれたらいい」。武次さんの動く理由が垣間見えた。

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