ユニクロが「流行を身にまとう」呪縛から解き放ったといえる理由とアパレルの特殊性

マーケットではアパレルビジネスに関する話題が多くなってきた。最近では繊維商社に関する企業買収の話も増えてきた。こうした話は深い守秘のなかで静かに動くため、企業に勤めている本人でさえその実態を知ることがないが、今年はいつこの買収・合併が実際に発表されてもおかしくはないところまで来ている。今日はこうした背景を踏まえ、アパレルビジネスの特殊性について語りたい。繊維・アパレルビジネスというのは軽く考えているとしっぺ返しを食らうほど複雑で特殊だ。この特殊性の理解こそ産業界の健全な発展に役立つことになる。

ライフサイクルが存在しない産業

アパレル産業でまず私たちが念頭に置く必要がある事実は、「この産業にはライフサイクルが存在しない」ということだ。ライフサイクルとは、ある産業が成長期、成熟期、衰退期という成長曲線を通り異なる産業に移り変わることをいう。

例えば、フィルムカメラはデジタルカメラに変わり、レコードはCDへ、CDはオンデマンドへ変わってゆく。そのつど、当該産業が成長期なのか、成熟期なのか、衰退期なのかを見極めて事業戦略を考える必要があると教えられた。しかし、アパレル産業は、ファッションの浮き沈みはあるものの、産業そのものには成長期も衰退期もない。

なぜなら人は必ず服を着るからだ。服を着るから、その産業がなくなったり、他の製品で代替されたり、ということもないのである。

さらに、この産業の特徴として「進化しない」というものがある。

一般に、産業は主としてデジタルによってオペレーションの自動化、進化を果たすわけだが、繊維、アパレル産業固有のもので、目立った進化というものを聞いたことがない。30年前のDCブーム以来、もの作り、物流、販売などに変化もない。仕事のやり方は全く変わっていないのだ。

衰退もせず、無くなりもしない。さりとて、退化も進化もしないというのは考えてみれば極めて特殊な産業である。ずっと同じことを何十年もつづけているのである。

途上国が経済発展をしていく「最初の産業」

進化が止まっている理由は2つある。1つは、この繊維・アパレル産業は、とくにそのもの作りにおいて、国の経済発展の初期段階に表れ、国が発展するにしたがって他の途上国に生産地を変えてゆくということだ。

一説によれば、繊維・アパレル産業は5年ごとに産地を変えてゆくという。

バングラデッシュが世界最貧国といわれたのは今は昔、いまでは、世界でも有数の繊維製品の輸出国家になっているし、一昔前の中国、もっと昔は韓国、日本も繊維産業で国民は食べていったのである。

今、日本を代表する総合商社というのは、その出自は財閥系を除き、ほとんどが繊維産業を生業としていた。今でこそ、総合商社で繊維をメーン事業にしているのは伊藤忠商事一社になっていたが、その昔は、トーメン(東洋綿花)ニチメン(日本綿花)、丸紅などはみな繊維事業が祖業だ。

商社は、日本の事業を海外へ持っていき、海外の事業を日本に持ってきた。繊維事業も日本の商社がOEM生産を受け持ち、日本での製造から韓国、台湾、中国へ持っていき、その後には東南アジア、タイ、バングラデッシュそしてミャンマーへ産地移動させてゆき、その国の経済発展に大いに寄与させてきた。

日本のアパレルが海外に出ていかずとも生き残れた理由

tdub303/istock

しかし自動化でなく、産地移転の代償は大きい。

私がまだ若かった頃、ビジネススクールでオリックスの宮内義彦社長(当時)の授業を受けたことがある。当時、繊維の仕事しかしたことがなかった私は、「日本の輸入税は撤廃すべきだ」と発言した(私は今はその発言が正しいとは思っていない)ところ、宮内社長は「日本に輸入税など存在しない。日本は世界に開かれたマーケットだ」とおっしゃり、私が当時繊維製品に10%から15%の輸入税がかかることを見せたところ、驚いていたのを思い出す。

なぜ、繊維製品だけに(正確にはそれ以外にも革製品など輸入障壁がある産業はある)高額な輸入税がかかるのかといえば、海外のディスカウンターなどから国内産業を保護するためである。

経済発展の初期段階で必ず繊維産業が現れる。そして冒頭で述べたとおり、無くなりもしないし、進化もしない。しかし、国のGDPが上がっていけば、繊維産業は、新しい途上国に奪われ壊滅状態になっていく。だから、繊維(および関連)製品だけにいまなお輸入税がかかるのだ。

私は、この仮説を検証するため、当時多くの国の輸入税を調べたことがあったが、先進国ほど繊維製品に対して輸入税がかかっていた。

そこに例外はなかった。これは、どの国も繊維産業で初期段階の経済発展を通り、そのまま浦島太郎のように時がとまり今に至る。その穴埋めとして輸入税が掛けられるわけである。

そして、繊維・アパレル製品のもの作りは安い人件費を求めて世界をさまよい、商品価格のグローバル化は進む。一方で日本のアパレル企業における「マーケット」は国内だけになっていった。今でこそユニクロが世界中からマネタイズしているわけだが、それでも世界で日本のファッションといえばユニクロ一社、かろうじて無印良品を想起するにとどまっている。

日本は完全にアパレル製品の「消費国」になりつづけ、ほとんどのアパレル企業は極論をいえば毎年同じことをやっており、デジタルディスラプト(デジタル技術によって産業が破壊されること)のようなことは起きずにいる。

日本という国は、ドイツに抜かれたとはいえ世界第4位の経済大国ではあるが、その理由の大部分は大きな人口にある。国のGDPは「一人当たりGDP x 人口」で表すことができ、実は一人あたり(per Capita )にすると、日本はたかだか30位ぐらいなのである。

つまり、国内にそれだけ服を着る人が多く、海外からの輸入品に高額な税金が掛けられていれば、日本のアパレルは日本人向けだけでビジネスをやっていれば商売が成立するということになる。

これが、日本のアパレルが「国際化しない」理由だ。

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「流行を身にまとう」呪縛から解き放ったユニクロ

winhorse/istock

衣料品というのは、考えれば考えるほど不思議で奥が深い。

もし、服が防寒だけを目的としたものであれば、日本人のわれわれが3〜4ヶ月に1度は新しい服を買うといわれている説明がつかない。

これは、「ファッション」という「流行」が服にはあるからだ。流行は単サイクルで変わってゆくため、その流行した服を身にまとえば、自分が最先端にいる証明となるため、単なる服とは異なる魅力や意味合いを持つ。

ただし、誰もが「流行」を追いかけたいとは思っていない。「流行には興味がない層」も一定程度、というよりも大多数存在する。そういう人達がユニクロの服などを買うわけで、こうした流行にとらわれない層の方が、流行を身にまといたいと考える層より多い。

そのように考えると、ユニクロがこれほど頭角を表す前は、人はファッションという「流行」に追われ、(お金がおそろしくかかるなど)辛い目にあっていた。それをユニクロが課題解決してくれた、とみることができる。

この国民服を作りあげた、というのがユニクロの強さの本質だ、といえるだろう。

この「流行の単サイクル化」は、さらにアパレルを独特の世界へ連れていく。

この論考でも幾度も書いたが、マーケット価格は損益分岐によって変化するのではなく、値付けと消化率のかけ算で変化する極めて戦略的な変数であるということだ。つまり、目くじらをたてて原価を下げても、その結果「チープ感」がでている服を世に出して販売が不振になれば、余剰在庫がでて、それが評価損を計上することとなり、プロパー消化率は下がってくる。

結果、原価があがり血のにじむような努力で絞ったコストも相殺されてしまうのだ。これだけ円安が続き、原材料の値段も上がっているのに、いま日本のアパレル企業の調子が良いのは、「セールをしてむやみに値引きをしない」こと「仕入れた商品は売り切ること」の2つを実直に守っているからだ。

さて、嵐の前の静けさともいえる海外からのインバウンド、そして、中国春節の2つの神風によって一息ついているアパレル業界だが、いまから5年後、Z世代と呼ばれる新しい消費者がマーケットの主役になったとき、アジアからの激安ファッションに私たちは勝つことができるのか?

今年はシーインも米国で上場を狙っているようで、ますますこの産業から目が離せない。

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プロフィール

株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)。The longreachgroup(投資ファンド)のマネジメントアドバイザを経て、最近はスタートアップ企業のIPO支援、DX戦略などアパレル産業以外に業務は拡大。会社のヴィジョンは小さな総合病院

著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「生き残るアパレル死ぬアパレル」「知らなきゃいけないアパレルの話」。メディア出演:「クローズアップ現代」「ABEMA TV」「海外向け衛星放送Bizbuzz Japan」「テレビ広島」「NHKニュース」。経済産業省有識者会議に出席し産業政策を提言。デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言

筆者へのコンタクト
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