qdcの原点は“BAマルチ”にこそアリ!3つのプロサウンドが詰まったIEM「8Pro」を聴く

ステージモニター用カスタムIEM(インイヤーモニター、イヤモニ)メーカーとして中国では圧倒的なシェアを誇り、また多様なドライバー構成による個性的なイヤモニも数多くラインナップするqdc。しかし筆者の意見としては、同社の真価を最も実感できるのは最もスタンダードな構成、つまり複数のBAドライバーを組み合わせる“BAマルチ”だ。

現在の同社が複雑なハイブリッド構成をうまくまとめ上げられているのも、ブランド初期からBAマルチの設計で培ってきた基礎技術とチューニングノウハウがあってこそ。BAマルチこそqdcの背骨と言える。

その最新機にしてブランド8周年モデルとして登場したのが、8BA構成の「8Pro」(エイトプロ)だ。qdc自身も「周年に立ち返るべき原点はBAマルチ」との思いがあったのかもしれない。

qdc「8Pro」(275000円/税込)

もちろん、周年記念かつ税込27万5000円と高価なモデルとしての強烈なアピールも持たされている。カーボンファイバー製のシェル&フェイスプレートと、「Hifi」「Studio」「Live」のサウンド切替スイッチだ。特に後者は、同社プロ向けイヤモニのサウンド傾向3タイプのすべてを1モデルに詰め込む技術であり、周年モデルらしい集大成感もある。

改めて8Proのドライバー構成は、低域2基/中域2基/高域4基の8BA。プロ向けに展開してきた8BAイヤモニ“8シリーズ”従来機と同様の、変える必要のない鉄板構成だ。

qdcのプロ向けシリーズでは定番の8BAドライバー構成

一方ネットワーク周りは特許技術「シングル・ポール・リンケージ・フィルター調整」を採用して一新。前述のサウンド切替スイッチに加え、低域の沈み込みや高域の伸びに全体バランスといった、基本特性の改善もこの技術で実現されている。

サウンド切替スイッチそれ自体の使いやすさも特長だ。指先で動かせるスイッチ1つで3つのサウンドを選択できる。工具を使って低域と高域の2つのスイッチを云々……みたいな面倒さはなし。スイッチ周りにはH/S/Lの印字があって選択中のサウンドを確認しやすいのも嬉しい。こういった使いやすさがあってこそ、ユーザーも積極的に活用していこう、使い続けていこうと思える。

左右のハウジングの上部に、「Hifi」「Studio」「Live」の頭文字をあしらったスイッチがある

そしてカーボンファイバー製のシェルとフェイスプレート。耐久性向上と軽量化に貢献しているというが、メカ好きにとってロマン素材のひとつであるカーボンファイバーは、何より見た目にかっこいい。その上もちろん、イヤモニを長く手掛けているだけあり、同社シェルのフィット感は最高クラスだ。

シェルとフェイスプレートの素材は、軽くとも強度があるカーボンファイバーをセレクト。ノズルは金属製となる

付属の新型ケーブルの導体は銅と銀のミックス。3.5mmシングル/4.4mmバランス/2.5mmバランスを着脱交換できる3-in-1マルチプラグも、従来よりも短くなったショートストレート形状の新型。リケーブル端子は頑強さに優れるqdc 2pin。ほか付属品は、カーボンファイバーテクスチャー仕様キャリングケース、好評の同社製イヤーピースなどが用意されている。

プラグだけを付け替えて複数のイヤホン端子に対応できる「3-in-1マルチプラグ」は、これまでよりも短い新形状プラグを採用
イヤホン側が出っ張った「qdc 2pinコネクター」。ケーブル側の凹みとガッチリかみ合う仕組み

ではAstell&Kern;「KANN ULTRA」でのバランス駆動を中心にしてのサウンドインプレッション……の前に、「Hifi」「Studio」「Live」各サウンドのコンセプトについて、“8シリーズ”既存モデルの位置付けを見て確認しておこう。

「Hifi 8SH」:音楽ファン向けリスニング用

「Studio 8SS」:エンジニア・クリエイター向けスタジオモニター用

「Live 8SL」:PA・アーティスト向けライブステージモニター用

8Proなら、上記のサウンドすべてを1台で楽しめるわけだ。

3つのサウンドの周波数特性グラフ

3つのサウンドモードを試聴、そして「リスニング向け」機種との比較も?

まずは我々音楽ファン向けの「Hifi」サウンドの印象。“何のためにBAマルチが発展したのか?”を改めてわからせられる音だ。帯域を広げるため低域側と高域側のドライバーを独立させ、歪みを抑えるためドライバー数を増やすという、その歴史の最先端。リスニング向けといっても強調や演出は感じられず、BAマルチに期待されるワイド&フラットそのもののようなモードだ。

なので音楽ジャンル等への得手不得手もない。総合的に難曲と言えるYOASOBI「アイドル」を聴き込んでも不満なし。どの帯域の楽器もBAらしい弾けるようなアタックと音像のクリアさを備えており、そのおかげで楽曲全体のスピード感、リズムチェンジを伴う場面転換のキレも際立つ。

ここはベースに注目!という場面になればそのベースが前に抜けて来てくれるのもポイント。ベース単体でどうこうではなく、全体の明瞭度やバランスによって楽曲全体のアレンジが正しく機能しているおかげだろう。

“これぞBAマルチの強み”と主張するかのような、ワイドレンジでバランスよく、明瞭な「Hifi」サウンド

「Studio」サウンドについては低域抑制型と感じる方が多いかと思う。低域を抑えることで帯域と空間にスペースを確保し、制作時にダイナミクスや空間表現を把握しやすくしてある印象。

その特性からアコースティック楽曲との相性は特に良好だった。アコースティックギターとウッドベースのデュオ曲、Julian Lage「Double Southpaw」を聴くと、エレキのそれとは違うアコギならではのダイナミクスを活かした演奏に、より深く引き込まれる。

ベースの低音も、量感的にはタイトになることで、響きの見え方がよりクリアに。エレクトリックサウンドの曲でも、例えばMidnight Grand Orchestra「ソリロキー」では、楽曲の豊かな低音が少し抑えられるおかげでエレクトリックな空間表現の方にフォーカスした聴き込み方をできた。

一方「Live」サウンドは低域充実型で、相対的に高域側はやや穏やかに。Robert Glasper Experiment「Cherish The Day」に含まれる多様な要素のうち、ヒップホップな抜け感よりも、クラブ的な重みやソウル的なメロウさの方を強めに引き出してくれるチューニングだ。また「Studio」モードでは声のドライな質感や鋭さが強まりすぎる曲、例えば田村ゆかり「雨のパンセ」に、そこを適度に落ち着かせる狙いで使うのも効果的。

さて最後に、同社のリスニング向けモデルの中で8Proと価格帯が近い、低域BA2基/中域BA2基/高域BA2基/超高域EST2基の「TIGER」と、本機8Proの「Hifi」モードを聴き比べてみた。

価格帯は近いが、プロ向けの8Proとはコンセプトが異なる「TIGER」(269980円/税込)とも聴き比べてみた

特に大きな違いはやはり高域側の感触。TIGERは静電型らしい滑らかさ、8ProはBAらしい明確さが持ち味だ。そして全体の見せ方も、空間に気配を満たすTIGER、空間をすっきりさせて音像をくっきり見せる8Proと対照的。「Hifi」モードでもモニター的なカッチリ感を出してくれる点が8Proの個性と言えるだろう。

BAマルチは今や、大きな進化は見込みにくい、枯れた技術なのかもしれない。しかしだからこそ、本機のように明らかな進化を見せつける新製品の価値はさらに高まっている。BAマルチの最新到達点として、8Proの3つのサウンドをぜひ体感してほしい。

ちなみに、本機のカスタムIEMモデル「8Pro-C」も先んじて受注が開始されている。耳型を採取するなど追加の作業が必要となるものの、自分の耳の形にあわせて作られるオーダーメイドのフィット感や、シェルとフェイスプレートのデザインを選べるカスタマイズ性は、カスタムモデルならではの魅力。qdcのイヤモニ技術が込められた選択肢のひとつとして、こちらも注目だ。

デザインやフィット感にこだわるなら、耳型を採ってから制作するカスタムIEMモデル「8Pro-C」も発売中だ(275000円/税込、耳型採取費別)

(企画協力:アユート)

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