「無念の最期だったに違いない…」終戦後、強制的にシベリアへ連行 劣悪な環境と重労働で命落とした旧日本兵を追悼

第二次世界大戦の終戦直後、旧ソ連軍に連行され過酷な環境と強制労働で犠牲となった旧日本兵の慰霊祭が、11日愛媛県松山市内で営まれました。

愛媛県護国神社にあるシベリア抑留者の慰霊碑前で行われた式典には、遺族や関係者らおよそ60人が出席しました。

そして、慰霊祭の実行委員長で当時21歳の兄を亡くした徳田トミエさん(82)が「命の続く限り慰霊を続けていく」と語りかけ、犠牲者の霊を弔いました。

第二次世界大戦の敗戦直後、シベリアに強制連行・抑留された旧日本兵は60万人以上ともいわれ、劣悪な環境での強制労働で6万人余りが犠牲となり、中には1300人余りの愛媛県人も含まれているということです。

藤田睦子さん(82) 当時33歳の義父を亡くす
「日本に帰りたい、家族に会いたい、まだ見ぬ子に会いたいという思いもむなしく、無念の最期だったに違いありません。今の日本の平和はシベリア抑留犠牲者の方々はじめ、戦没者の方々の犠牲の上にあることを忘れてはいけません」

参列者は慰霊碑に花を手向け、犠牲者の冥福を祈るとともに恒久平和を願っていました。

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