第14回:非常事態下で派遣スタッフをどう守る?(適用事例8) 避難計画の蚊帳の外は困ります

「われ先に」ではなく、ほかに会社にいる人のことを考えましょう(出典:写真AC)

■みんなわれ先に避難開始!でも私は…

「あれ、何かしら…?」。派遣社員の美香さんは、廊下の方でザワザワする声と小走りに駆け抜ける足音が気になりました。せっかくコーヒーとビスケットでつかの間の休息を楽しもうと思っていたのに。すると今度は室内の社員たちまでが、急にパソコン操作の手を止め、机の引き出しやロッカーから自分のバッグや上着を取り出してあわただしく部屋から出ていきます。

美香さんがこのオフィスに派遣されて2週間。正規の社員の人達とのコミュニケーションは必要最小限の業務の話以外はあまりしません。みんな、いったいどうしたんだろう…。

間もなく窓の外で消防車やパトカーのサイレンの音が鳴り響くようになりました。これはひょっとして火事? 空っぽになったオフィスに一人取り残された彼女は、やっと何か危険なことが起こっているようだと気づき、急いでビルの外に出ました。

道路にはたくさんの人々がたたずんでいます。彼ら彼女らの話しているのを聞いていると、どうやらこのビルのすぐ隣の駐車場の一角で不審物が見つかり、爆発の危険性もあるので周辺のビルにも避難が呼びかけられたらしいのです。

「それにしても…」と彼女は考えます。このような命の危険が脅かされるようなことが起こった時、派遣社員には声を掛けてはくれないのかしら、と。後日彼女は、用事で派遣会社のオフィスを訪れた際にコーディネーターにこのことを話してみました。

■ケースバイケースこそが問題の核心

「派遣先で災害が起こっても、避難するかどうかは自己責任で決めるしかないんでしょうか?」

幸いと言うべきか、この派遣会社はBCP(事業継続計画)を策定していたため、危機管理に関してはそこそこの意識を持っています。美香さんの質問に、コーディネーターのTさんは「それは派遣先によってケースバイケースみたいなんだけどね…」とお茶を濁しましたが、これはちょっと見過ごせない話だぞという表情をしました。

何日か経って、Tさんは総務と営業、そしてBCP事務局に声をかけ、美香さんが提示した問題を解決できないか話しあってみることにしました。

「災害時に避難を呼びかけてくれるかどうかは、派遣先企業によって異なります。暗黙の了解として派遣社員も含めたすべての人員に声を掛ける方針を決めている会社もあれば、美香さんの派遣先のように、派遣社員が置いてきぼりを食らう会社もあります。われわれにとっては派遣社員がいなければ事業が成り立ちません。彼ら彼女らが安心して派遣業務に取り組めるように、改善をはかりたいと思いますが、いかがでしょうか?」

参加メンバーはこの提案を受け、活発な議論を始めました。その結果、ホワイトボードに避難に関して次のような方向性が示されたのです。

(1)派遣先企業に対する申し入れ(2)避難マニュアルの作成(3)災害発生時の派遣社員の避難行動

■Planは派遣先企業への申し入れを視野に

一つ目の「派遣先企業に対する申し入れ」とは、コーディネータや営業担当者が、客先に対していくつかの要請を行うというもの。例えば「避難訓練を行う際は当社派遣社員も参加させる」「建物や施設内の避難経路と避難場所について派遣社員に説明する」「避難の際は派遣社員にも声をかけてもらう」といったことです。

これらの要請は、新規の契約時だけでなく、すでに契約済みの客先に対しても行う必要があるとTさんたちは判断しました。また、これらの要請を派遣先企業が了承したら、当の派遣社員にもこの方針を伝えることは言うまでもありません。

二つ目の「避難マニュアルの作成」。客先によっては上記要請の受け入れを渋る場合もあります。その際は、客先担当者と協議して安全な避難方法を見積もり、独自の避難マニュアルを作成することが必要でしょう。マニュアルには「避難経路・避難場所の図・安否報告手順」を記載し、このルールを派遣社員に説明すると同時に、紛失しないように、例えば派遣先のロッカーの扉に掲示するなどの工夫も必要と考えられます。

最後の「災害発生時の派遣社員の避難行動」。実際に避難を余儀なくされた場合の行動ルールのまとめです。派遣先との避難指示の合意ができているならば、直ちにその指示にしたがうことが基本です。一方、(2)のように派遣先企業の同意が得られない、あるいは客先からの避難指示が期待できない時間帯(夜間や休日の業務など)の場合は「避難マニュアル」に従って自主的に避難するといったことです。

■思い切った行動が結果を生みだす

さて、Planを組み立てたら、次はこのプランに沿って実際に新規または既存の派遣先企業を回って、避難の際に派遣社員を守るための措置に同意してもらうことです。

避難時の対応方針があいまいな派遣先企業を対象に、営業担当とコーディネータが手分けして活動を行った結果(PDCAのDoの部分)、おおむね8割の客先が好意的に賛同してくれたことが分かりました(Checkの部分)。社長もこの結果には満足です。

「顧客には顧客の避難時の対応方針があるだろうから、正直、あまりこのようなことは言わない方がよいと考えていたが、思い切ってお願いすれば結果はついて来るものだな 」。

Tさんたちはもとより、自分の一言が派遣社員の安全を高めるために会社を動かそうとは思いもよらなかった美香さんも、大喜びです。今回の措置は、そのまま正式な運用ルールとして派遣先との契約内容や派遣社員の雇用規則にも特記事項として反映されることになりました(Actの部分)。

以上は、オフィス業務を中心とした派遣スタッフの避難の問題と解決策について述べたものですが、実際には、この種の問題に取り組む必要のある事業は派遣会社だけにとどまりません。ビル管理会社における清掃員や空調管理業務、環境衛生スタッフなども、今回のケースが参考になるかもしれません。介護サービス業(訪問介護スタッフ)や運輸サービス業(トラック運転手)もまた、事業の主役は外勤の社員たちですから、ここで提示したPDCAが何らかの解決のヒントになることでしょう。

(了)

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