アスクル火災が示す教訓、いま経営者が実践すべきこと 消防法・建築基準法では防げない大火災事故

東京理科大学 総合研究院教授・小林 恭一氏。「埼玉県三芳町倉庫火災を踏まえた防火対策及び消防活動のあり方に関する検討会」で座長を務めた

2017年2月16日朝、オフィス用品通販会社・アスクルの首都圏物流倉庫を襲った火災。発災から約12日間燃え続け、延床7.2万m2のうち半分以上を焼失した。なぜここまで延焼が長引き、被害が広がったのか。アスクル火災の原因と対策をとりまとめる国主催の有識者検討会「埼玉県三芳町倉庫火災を踏まえた防火対策及び消防活動のあり方に関する検討会」で座長を務めた、東京理科大学総合研究院・小林恭一教授に聞いた。

※本文中に掲載する画像はすべて消防庁・国土交通省に承諾の上、「埼玉県三芳町倉庫火災を踏まえた防火対策及び消防活動のあり方に関する検討会報告書」から引用しています。


今回火災が起きた倉庫があるのは埼玉県最南端、三芳インターチェンジから車で5分程の農地の一角にある。鉄骨造3階建て、延面積約7.2万m2という大型物流倉庫だ。 

2017年2月16日朝9時頃、1階北西部端材室の廃ダンボール置き場で出火しているのを協力会社社員が発見した。消火器を使って初期消火を試みたが鎮火できず、9時14分に119番通報を行った。9時21分に消防隊が到着。9時30分頃には出火した1階部分の炎は鎮火した。ところがその時にはすでに炎は2階に延焼しており、そこから完全鎮火するまで約12日間かかってしまった。結局この火災で倉庫全体の6割を超える4.5万m2が焼失した。消火活動にあたった従業員2名が負傷した以外は、従業員421人や消防隊に死傷者は出なかったものの、倉庫は使用開始から築5年未満で閉鎖となった。

火災に遭った「ASKUL Logi PARK 首都圏」。鉄骨造3階建て、延面積約7.2万m2のうち2,3階部分をほぼ焼失した(画像出典:消防庁/国交省「埼玉県三芳町倉庫火災を踏まえた防火対策及び消防活動のあり方に関する検討会報告書」)

インターネットを通じて実店舗を持たない商品消費が浸透するなかで、大型化・高層化した物流倉庫が年々増加しており、いまでは8階建て、延床面積30万m2という規模も珍しくない。こうした中で今回のアスクル火災は大規模倉庫を所有・運用する企業にとって大きな課題を突きつける事件となった。物流倉庫の建築・運用のあり方について、学ぶべき点を以下に記す。今後、発注する企業、建築設計者、消防部隊、法規制をする行政など関係者全体で認識を改めたい。

現場と法規制のギャップに落とし穴がある

  
最も根本的な課題は、大規模物流倉庫の建築需要が増えるなかで、倉庫というものの建物規模や使われ方が従来と大きく変わったことによって、現行の法規制が想定する倉庫の定義とズレが生じてしまっていること。今回のように消防法・建築基準法を守った倉庫が大火災を起こしてしまったのは、そこに大きな問題がある。

現行の消防法や建築基準法では、「倉庫」はあくまで物品を保管する建物と考えて基準が作られており、現在の大型物流倉庫のように大勢の従業員が一日中働くことは想定されていない。現行の基準法では開口部は最小限しか求められておらず、避難経路も十分でなく、消防活動も困難である。実際に今回も重機を使って外壁を破壊して屋内への進入・消火活動にあたらなければならなかった。

近年の大規模物流倉庫は作業効率化のためできるだけ間仕切りのない作業スペースを確保したいが、建築基準法では延焼を防ぐため延床1500m2以内ごとに防火区画を設ける規制がある。このため多くの大規模物流倉庫では、建物屋内に可動昇降式の防火シャッターを碁盤目のように配置しておき、緊急時にシャッターを下ろす構造になっている。今回の倉庫でも、長さ240メートル×幅100メートルの建物には、2、3階だけで全113箇所の防火シャッターが設置されていた。このように多数の防火シャッターに依存して大空間の防火区画を形成することは、建築基準法では想定していない。防火シャッターの閉鎖確率はそういう造り方に対応できるほど高くないからだ。

倉庫2階スペース。間仕切りなしの大空間は、可動式の防火シャッターで1500m2以内ごとに区切られている

実際、今回焼失した2、3階の全113箇所の防火シャッターのうち、61箇所が接触不良で作動せず、また23箇所がベルトコンベヤや物品など障害物で完全に閉まらなかった。つまり6割以上が正常作動しなかった。シャッターが閉まらなかったことが延焼範囲を拡げてしまったという見方もある。

出火当時、屋内には421人の従業員がいた。このような実態から、倉庫であるにもかかわらず、人が常時いる部分は基準法上居室とされていた。このため、単なる倉庫よりは避難対策がなされており、天井高が高く煙降下に時間がかかったこと、避難訓練を行っていたこと、たまたま朝礼の時間帯でまとまって行動できた人も多かったことなどもあって、なんとか全員避難することができた。

少し避難が遅れれば、火災で照明機器がショートして屋内は真っ暗、屋内には大量の可燃物を含め物品が所狭しと高く積み上がり、搬送用のベルトコンベアが縦横無尽に敷かれ、否応なしに閉まるシャッターに行く手を遮られ、避難が大幅に遅れてしまう可能性もあった。消火活動でも、幾重にも閉じられた防火シャッターを潜って消火現場にたどり着くのに大きな手間と時間を要するし、危険な状況になった時に素早く待避することも難しい。今回犠牲者がいなくて済んだことは幸いだが、多数の犠牲者が出る危険性が明らかになり、大きな課題が突きつけられた。

2階北側面の燃焼状況(2月16日10時頃)

このように現行の法規制が大規模物流倉庫を想定して作られていないことは、設計者は薄々わかっているのではないかと思うが、施主はそこを理解できておらず、消防法・建築基準法の基準さえ守っていれば必要十分な安全配慮がされていると考えている。それ以上の防火措置は単なるコスト増要因として切り捨てられてしまう。設計者は、そうした施主の意向に沿うため、避難安全検証法を適用して、階段の数を少なくするなどコストカットの提案さえする。そこに大きな落とし穴がある。

訓練しないことは本場でもできない

 
また今回は、初期消火とそれを支える社内訓練の重要性も改めて明らかになった。今回のアスクル火災では、従業員の自主消火体制に甘さがあった。火災発見者は消火器で消そうとして失敗。その後駆けつけた社員とともに、さらに消火器で消そうとしたが消せず、その間に火はどんどん大きくなった。そこで屋外消火栓を使おうとしたが、ポンプの起動ボタンを押さなかったため、屋上のタンクから自重で降りて来た水が細々と出ただけで、消火はできなかった。ここで初期消火の壁を突破されてしまったことが、ここまで大きな火災につながってしまった。駆けつけた消防隊が1階の火災はすぐに消火していることを考えると、屋外消火栓が使えていれば、と悔やまれる。

2月16日9時20分、屋外消火栓による1階端材室の消火状況。ポンプ起動ボタンが押されていないため、十分な水量が出ていない

後の調査で、消防訓練の際、消火器を使った消火訓練はしていたが、屋外・屋内の消火栓を使った訓練はしていなかったことが判明した。いざというときは冷静に考えることのほうが難しい。こうすればいいと頭で考えて終わっていることは、実際の災害では思いつきもせず、行動が取れない。だからこそ消防訓練は、頭が真っ白になっても身体が覚えていて動く状態にしておかなければならない。またこうした体制不備の背景には、一般的に従業員の防災意識が工場よりも倉庫の方が低い、という現状もある。改めて教訓としたい。

屋外消火栓設備。ホース格納庫奥のポンプ起動ボタンが押された痕跡はない

いま経営者が実践すべきことは?

今回のアスクル火災を教訓に、昨年6月に「報告書」を公表した。ここには火災の経緯を詳細に伝えるとともに、大規模倉庫における課題をまとめている。大規模倉庫を所有する企業はもちろん、あらゆる関係者に目を通してほしい。

また消防庁では、この報告書をもとに「大規模倉庫における消防活動支援対策ガイドライン」も策定した。ここでは建築基準法等に基づき煙が降下するまでの時間を算出し、その時間内に全員が避難できるかどうか、消防機関が実際に検証し、できない場合にはそれが可能になる方策を自ら考えるよう指導するなどの考え方を提示している。

大規模物流倉庫は、ひとたび初期消火段階を突破されたら消防隊もなすすべがないほど、極めて危険な建物だ。そこに数百人の人が働いており、人命危険は極めて高い。その危険性は、大規模地下街、超高層建築物、石油コンビナートにも匹敵する。地下街などの場合、施設の所有者や従業員は危険な施設であることを自覚しており、法令基準もそういう危険性に応じたものになっているため、潜在危険が高い割には致命的な事故につながりにくい。

ところが、大規模倉庫の場合、法令は従来タイプの倉庫を前提にしているためその危険性を反映したものになっていない。施設所有者も従業員も、これが火災になって、万一初期消火段階を突破されたら、人命危険が極めて高いということがわかっていない。経営者としては、まずは、初期消火と従業員の避難に重点を置いて、施設を整備し訓練をして、火災による人命リスクを引き下げる必要がある。

従業員の生命を守るだけなら、それだけでもよいかも知れないが、経営者としてはそれでは済まない。全焼した場合の物的損害、再建の費用、休業している間に得損ねた利益、顧客に与えた損害の補填、他社に奪われたシェア、傷ついたブランドなどによる経済的損失を最小限にすることも必要である。迷惑をかけた周辺住民への謝罪なども不可欠だろう。

経営的に考えるなら、火災により人命被害が出ないようにすることは当然のこと、経済的損失、火災対策にかかる費用、火災保険費用などを総合して、火災リスクを最小にする方策を考える必要がある。防火法令が想定していないような大型物流倉庫を造るなら、建築基準法と消防法に適合していれば火災対策は必要十分である、というわけにはいかない。経営の視点から火災リスクを最小にする方策を自ら考える必要がある。

倉庫全景。インターネット通販の普及により、仕分け・梱包・出荷まで行う大型倉庫形態が増加している

<参考URL>
■「埼玉県三芳町倉庫火災を踏まえた防火対策及び消防活動のあり方に関する検討会報告書」
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/jutakukentikuhousetk_000079.html

■「大規模倉庫における消防活動支援対策ガイドライン」
http://www.fdma.go.jp/concern/law/tuchi3003/pdf/300327_jimurenraku.pdf

<関連記事>
■「大規模倉庫シャッター作動へ基準見直し」
http://www.risktaisaku.com/articles/-/5481

■「大型倉庫監視強化、建築基準法改正へ」
http://www.risktaisaku.com/articles/-/5167

(了)

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