第19回(最終回):経営方針が変わってBCMが消滅寸前!?(適用事例13) 組織の変化にBCPを対応させるには

人も組織も変化はつきものです(出典:写真AC)

■いつかその日はやってくる

最近になってBCM(事業継続管理)担当のMさんは、しばしば浮かない顔をするようになりました。先ごろ行われた経営会議で、思わぬ言葉が社長の口から出たからです。それは経営方針が大幅に変わるという話です。景気回復にともない、より収益性の高い製品を開発するために新事業部門を立ち上げるというのです。そして、この流れの一環として当年度中に組織全体を新体制に移行するとのこと。

経営陣はもとより、社員の多くもこれに期待を寄せています。しかし、ゼロからBCPの導入に関わり、完成後は社内に危機管理の文化を浸透させるべく努力をしてきたMさんとしては、いろいろと未知なる不安の方が大きいのです。その理由を一言で述べるなら、Mさん自身も含め組織が大きく変わるであろうことへの危機感です。

担当が代わっても大丈夫なように、これまでやってきたことを整理して、しっかりとした引継ぎマニュアルを作っておくこと。これが最も基本的で無難な解決策ではあります。しかし、マニュアルを作っておくだけでは無力です。体制が変われば、BCMを構成する各部分に予想しなかったような影響が出るかもしれない。今まで少しずつ社内に浸透させ、はぐくんできたことが、なし崩し的に損なわれていくような気がするのです。

■新体制への移行を失敗させないための3つの要件

漠とした不安を抱えるMさんでしたが、このまま手をこまねいているわけにはいきません。来るべきシフトに備えてやるべきことはやっておこうと思いました。それが次の3つであり、それぞれの結果を踏まえて必要な対策をPDCAで解決しておこうと考えたのです。

(1)人員
BCPには危機対策本部のメンバーをはじめ、初動対応、事業継続および復旧の活動のためにアサインされた人が数多くいます。また日常的には訓練や演習をサポートするスタッフ、BCPに記載する多種多様なリストの情報ソースもしくは更新窓口となる担当者がいます。彼らをどのようにシフトし、どのように教育するのかを決めなくてはなりません。

(2)経営資源
これは新体制下での事業方針と大きくかかわりがあります。主力事業が変わればBCPの目的も変わる。BCPで守るべき経営資源も変わる。さらに、新規事業で新たに開拓する多種多様なベンダーやパートナー企業が出てきます。また、これまでのBCPでターゲットとしてきた「重要顧客」と新規事業の顧客とは必ずしも一致はせず、段階的にBCPの守備範囲をシフトしていかなければなりません。

(3)他部門との調整
これも新しい事業方針と連動します。3つの中では最も時間がかかり、段取りとしても最終段階に来るのがこの部分です。単に社内のスタッフをシフトし、役割を引き継いでもらっただけでは新たな環境に適用することはできません。完全な縦割りの状態に過ぎないからです。ここから内外の他部門との横のつながり、つまり緊急時にお互いに連絡を取り合い、緊密に連携できるように調整しなければならないのです。

いずれの課題も、業種や会社の規模、その会社のBCMが事業運営上どのレベルに位置付けられてきたかによって扱い方が異なることは言うまでもありません。

■Planは「前」と「後」の2ステップで

さて、上に述べた(1)~(3)は一つのPDCAの中で推進することはできません。それぞれ個別のPDCAをスタートさせることになります。以下ではスペースの制約もあるため、とりあえず「(1)人員」の問題を解決するものとして考えてみましょう(以下の考え方はあくまで一例であり、実効性を保証するものではありません)。

まずPlanについては、次の2つのステップで組み立てることにします。
・新体制に向けての準備・新体制移行後のフォロー

前者では「移行プランの説明」と「引継ぎマニュアルの作成」が必要となるでしょう。「移行プランの説明」では、BCPにアサインされていた現行の担当者に集まってもらい、新体制移行に向けて各担当者が準備しておくこと、引継ぎの仕方などについて説明します。「引継ぎマニュアルの作成」は、現在自分が受け持っている役割をマニュアルとしてまとめる作業です。もしこの時点でBCPの策定手順がまだ未整備ならば、正式にマニュアル化する好機となるでしょう。

後者の「新体制移行後のフォロー」では、「新しい危機対策本部メンバーの決定」と「下位のスタッフのアサイン」が中心となります。中間管理層以上が主な対象ですから、全体会議のアジェンダに組み入れてもらうとよいでしょう。対策本部の部門ごとの役割が決まれば、あとはそれぞれの部門毎に新しいスタッフが決まります(この後に新BCM体制での教育・訓練が必要となりますが、ここでの説明は割愛します)。

「Do」のステップは、スケジュールに沿ってそれぞれのプランを実行することです。現行(=旧)担当者は事前に各自の引継ぎマニュアルを作る→新体制に移行して新しいリーダーやスタッフに役割が付与される→旧担当から引継ぎの説明を受けるという流れです。

■安心と安全の階段を1ステップ昇るために

新しい事業および組織体制に移行し、BCM全般の引継ぎを完了した時点で「Check」に進みましょう。これは新旧のアサインされた部門リーダーやメンバーにアンケートをとって確認するとよいでしょう。今までの移行作業の流れと結果については、次の2点から評価することができます。

一つは「マニュアルの整備状況」です。旧担当者が作成した引継ぎマニュアルが簡潔かつ容易に理解できるものであればOKです。当人に緊急時の役割の自覚がなかったりすると作成・提出がおろそかになり、マニュアルの一部に抜け漏れが生じます。

もう一つは「引継ぎ内容の確かさ」です。これは文書としての引継ぎマニュアルの分かりやすさのみならず、引継ぎに対する双方の熱意や関心の度合いが影響します。何を引き継いだのか曖昧である、引き継いだ業務の中身がどの程度重要なのかわからないといったことでは、その後のBCMを取り巻く活動が疎かになってしまう危険性もないとは言えません。

さて、最後の「Act」ですが、計画したことがおおむね滞りなくクリアされ、これなら合格点(70点以上でしょうか)であると考えられるなら、今回の「Plan」の手続きを正式な移行手順として残しておきます。若干の問題や課題が残るなら、少し改善を加えて、次の機会にPDCAを試してみることができるでしょう。"次の機会"と言っても、大きな経営方針の変更はそう頻繁にあるわけではないので、もっと身近で頻度の多い「人事異動に伴う担当者の交代」という局面に適用してみるのが現実的です。

PDCAを通じて大なり小なりの問題を一つ一つ解決するということは、安心と安全の階段を1ステップ昇ることでもあります。もしみなさんの会社の事業継続管理業務が形骸化してしまい、途方に暮れているようなら、一つでも二つでもその問題点や改善点を可視化し、新たなPDCAを試されてみてはいかがでしょうか。

(了)

 

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