式典参列者の願い

 平和公園へ向かう路面電車は満員。乗り合わせた客同士が千羽鶴の見せ合いっこを始めた。外国人女性がバッグを開けると、右隣の男性が「私も」。左隣の男性が「私も」。その心は同じ▲73回目の長崎原爆の日、平和祈念式典の会場には老若男女さまざまな人が集まった。身内を失った人がいる。千羽鶴を献納して世界平和を願う人がいる。等しく11時2分に黙とうした▲原爆で目撃した地獄の惨状を脳裏から消し去ることはできない、と述べた被爆者代表の田中熙巳(てるみ)さん。速やかに核兵器禁止条約を発効させるよう訴え、会場から大きな拍手を受けた。田上富久長崎市長も平和宣言で、日本政府に対して条約に賛同するよう求めた▲しかし安倍晋三首相はこの条約には触れず、核保有国と非保有国の双方の橋渡しに努め、国際社会の取り組みを主導していくと述べるにとどまった。被爆地の期待との落差が際立った▲式典終了後、首相が座っていたパイプいすに腰を掛ける88歳の女性がいた。毎年そうするのが習慣という▲原爆投下時は大村にいた。真っ暗な夜空の中で長崎の方角だけが赤々と染まり恐ろしかった記憶がある。もし本物の首相のいすに座れたら?と聞くと、「核を禁止する条約に真っ先に署名しますよ」。きっと式典参列者の多くがそう答えたことだろう。(泉)

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