逃げたっていい

 その人は高校で美術部員の頃、一人で絵を描くことに没頭した。なのに「合作」と称する、リーダーの指示でみんなが一緒に描く作業には、さっぱりやる気が出なかった。だからなるだけ「群れ」を避けてきたという▲長崎市出身の漫画家、蛭子能収(えびすよしかず)さんが著書「ひとりぼっちを笑うな」にそう書いている。中学生の頃には「群れ」の下っ端(ぱ)として使い走りをさせられたらしい▲集団は時に〈凶暴になる恐れ〉があり、いじめの場になったりすると蛭子さんは言い、安全と思えない所には〈近づかない〉のも一つの手だ、とも自分の経験から言う。周りを、集団を気にしすぎることはない、逃げたっていいんだよ。そう伝えたいのだろう▲学校の夏休みが終わり、そろそろ全県的に授業が再開される。人間関係に苦しんだりして学校に行くのが嫌でたまらない。そんな子どもが少なくない時期とされる▲いま、長崎市のフリースクールクレイン・ハーバー、子どもの権利オンブズパーソンながさき、佐世保市のフリースペースふきのとうは、子どもたちに活動拠点などを開放している。あれこれと聞いたりはしないよ、つらかったらおいで、と▲逃げたっていいんだよ。そうしたメッセージに救われる子どもがいるかもしれない。心の悲鳴に大人が耳を澄ます時期でもある。(徹)

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