平成11(1999)年の主な出来事

 出口の見えない不況、各地で相次ぐ凶悪事件と不祥事、国の原子力政策を問い直す核燃料施設の臨界事故ー。ここ数年の閉塞感状況と世紀末の不穏な空気は1999年も続き、長崎県内でもさまざまなニュースが駆け巡った。長崎県警が執念の捜査を実らせた佐賀・長崎両県の連続保険金殺人事件は「家族とは何か」を私たちに問いかけ、国立長崎中央病院が舞台の1つになった国内初の脳死移植は「生と死」の意味を考える貴重な機会となった。米国の度重なる臨界前核実験や包括的核実験禁止条約(CTBT)批准の否決は被爆地・長崎を落胆させ、市民と「夢」を共有してきたオランダ帆船の復元計画は断念に追い込まれた。そんな中、統一地方選での女性議員の躍進や、住民発議による壱岐4町合併論議、秋季国体での県勢の健闘は、新しい「風」も感じさせた。

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