増えすぎたツシマジカ・1 農林業の被害深刻化 生態系に影響 絶滅危機も

 増えすぎたツシマジカの被害が対馬市で深刻化し、農林業だけでなく、島固有の生態系にも影響を及ぼしている。推定生息数は約40年前の140倍以上。特色ある草花のほか、昆虫も絶滅の危機にひんしている種がある。現状と対策を探った。

林の中で草を食べるツシマジカ=対馬市上対馬町舟志の山中(対馬市提供)

 ツシマジカは、対馬にのみ生息するニホンジカの一種。18世紀初頭、対馬藩の農政学者、陶山訥庵(すやまとつあん)が対馬全島のイノシシを全滅させた「猪鹿追詰(ちょろくおいつめ)」でもシカを狩った記録があり、島にもともと生息していたとみられる。
 県の生息密度推定では、1980年度の274頭から、2015年度には3万9200頭に急増。県内では長崎市の八郎岳周辺に720頭、県北地域に250頭、五島列島に9600頭(14年度)のニホンジカが生息しているが、対馬が飛び抜けて多い。
 対馬でシカが増えた要因の一つが、ツシマジカの捕獲を禁じた1966年の県天然記念物指定。そのわずか4年後に農林業被害が目立ち始め、81年には有害鳥獣としての捕獲を始めた。しかし増加の勢いは止まらず、県は2004年に指定を解除した。
 県内のシカによる農作物被害総額は1996年度に過去最高の約1億7800万円を記録。その後、防護対策が進み、近年は2千万円以下で推移している。このうち対馬の被害額は2017年度で約370万円。一方、林業被害は13年度で約6400万円に達している。面積の約9割が森林で、防護対策が隅々まで届きにくいことが影響しているとみられる。
 農林業が盛んな対馬南部の厳原町内山地区で民宿を営む対馬猟友会会員、内山文男さん(70)は18日、自宅裏の山林にくくりわなを仕掛けた。年間10頭ほど捕獲し、シカ肉を客に提供している。「昔は山奥にしかいなかったが、草を食べ尽くしてしまったのか、この10年くらいは人里にも現れる」。自宅近くの畑には漁網で作った防鹿ネットを設置し、被害を防いでいる。
 内山さんは山のクヌギを利用してシイタケも栽培。2年前に伐採した切り株から、ひこばえが出ていたが、先端の柔らかい芽がシカに鋭く切り取られた。3年続けて食害に遭った切り株は枯れてしまうという。
 近くの人工林には、根元から約1メートルの高さに真新しい傷が付いたヒノキがあった。雄ジカが縄張りを示す角とぎの跡。「これでは、売り物にならないだろう」。内山さんはため息をついた。
 対馬最南端の厳原町豆酘(つつ)地区では生態系への影響が深刻だ。東シナ海を望める豆酘崎。国内では対馬だけに自生するユリ科の「ハクウンキスゲ」が約10年前まで群生していたが、今では崖部分に残るだけになってしまった。
 市文化交流・自然共生課主任の神宮周作さん(39)は「崖にはシカも入れない。だから残っているのだろう」と推察。対馬北部にだけ生息する絶滅危惧種のチョウ「ツシマウラボシシジミ」も、幼虫が食べる植物がシカの食害に遭っていることを挙げ、「対馬全島を挙げた対策が必要だ」と強調した。

ツシマジカの歴史と推定生息頭数

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