下村さん 功績しのぶ 明美さん「納得するまで努力していた」 長崎大 お別れの会に650人

 長崎医科大付属薬学専門部(現長崎大薬学部)の卒業生で、2008年にノーベル化学賞を受賞し、今年10月に90歳で死去した下村脩(おさむ)さんのお別れの会が2日、長崎市文教町の長崎大中部講堂であり、生前ゆかりのあった人たちが功績をしのんだ。

下村さんのお別れの会で、思い出を振り返る妻の明美さん=長崎大

 下村さんは京都府福知山市出身。幼少期を佐世保市などで過ごし、諫早市に疎開中、長崎原爆を体験した。1961年夏、渡米中にオワンクラゲから緑色蛍光タンパク質(GFP)を発見。これが基となり、がん細胞の増殖過程などが分かるようになり、GFPは生命科学の研究に不可欠な“道具”となっている。お別れの会は長崎県、佐世保市、長崎大が合同で開き、約650人が参列した。
 講堂正面の遺影の下には、キクの花でクラゲをかたどった祭壇が設けられた。中村法道知事は「お元気に研究を続けていると思っていたのに、突然の訃報に深い悲しみを覚えている」と述べ、朝長則男佐世保市長は小中学生を対象とした「下村脩ジュニア科学賞」の受賞者のため同市を訪れてくれたことに感謝。河野茂長崎大学長は「絶対にあきらめず成功するまで頑張るという先生の言葉を大切にし、長崎大は一層発展します」と誓った。
 妻の明美さん(82)は「主人は研究がすべて。自分が納得するまで努力していた。その結果が科学の発展に少しでも役立っていることに満足していたので、良い人生だったと思う」と振り返り、お別れの会開催に謝辞を述べた。

© 株式会社長崎新聞社