下村脩さん

 夏になると、その人は米西海岸の桟橋から来る日も来る日も、長い柄の付いた網を伸ばした。網ですくったのは、オワンクラゲというクラゲの一種。家族総出で作業した日も数知れない▲1匹のクラゲが持つ緑色の蛍光タンパク質(GFP)はごくわずかで、研究成果を出すには相当な数が要る。19年間で実に85万匹をすくったという▲GFP発見で2008年、ノーベル化学賞を受けた下村脩さ(おさむ)んが長崎市内で亡くなった。享年90歳。幼少期以降を佐世保市、諫早市で過ごし、長崎大薬学部の前身、長崎医科大付属薬学専門部を出た▲GFPの抽出から長い月日を経て、別の研究者がそれを生体に組み込めば目印になることを明らかにした。「生物はどうやって光るのか」と、ただ追究した下村さんは、若い人たちに「あきらめず頑張れば、必ず報われる」と語り掛けた▲16歳の頃、動員先の諫早市で原爆を体験し、「戦争も核兵器もない世界を」と訴えた。数年前の言葉にある。原爆を受けて「欲はなくなり、好きなことを正しくやろうと思うようになった」と▲長く在籍した米国の研究所では、GFPを「クラゲを使者として、天が人類に届けた贈り物」と呼ぶらしい。欲をかかず、ひたむきに研究に生きたこの方の他に、誰が“発光する贈り物”を受けられたろう。(徹)

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