FIX「大器晩成型ハードロック・トリオ、蛍雪の功なってロック界最年長デビュー!」

©有限会社ルーフトップ

外道のオープニング・アクト起用が転機

──バンドのプロフィールを見ると、2004年の結成以来、度重なるメンバー・チェンジとパート・チェンジを経て、2014年に外道のオープニング・アクトを務めたことが大きなターニングポイントになっているように思えますね。

Taku(vo, g):そうですね。外道は僕が20歳くらいの頃からずっと好きで、たまたまオープニング・アクトの話をもらったんです。あと、その前後辺りからYUEとSUSIEがリズムを学び直したり、僕もボイトレをやるようになったり、各パートの技術的な底上げをするようになったのも大きいですね。

──唯一のオリジナル・メンバーであるTakuさんからすると、今の編成が一番しっくり来ている感じですか。

Taku:この3人になってもう10年以上立つし、今がベストですね。最初は全員男だったんですけど、5年くらい抜けたり入ったりを繰り返していたんです。男同士だと自分だけが目立てばいいみたいな感じで上手くバランスが取れなかったんですけど、今のリズム隊は僕がやりたいことをわかってくれるので助かってますね。

SUSIE(ba, cho):私よりも先にドラムのYUEが入って、私は最初、ベースではなくギターとして加入したんです。それが当時のベーシストが脱退したことでベースに転向したんですね。なんというか、FIXに入る前の私は自分をリーダーだと思い込んでいるベーシストだったんです。自分をアカレンジャーだと信じているキレンジャーみたいな(笑)。だけどある頃からアオレンジャーの格好良さに気づいて、FIXがバンドとしてインパクトを出せない時期だったから、自分がアオレンジャーとしてFIXでギターを弾けばいいと思ったんです。それで1年くらいギターをやっていたんですけど、バンドと反りが合わなかった当時のベースが抜けてしまって、私がベースを弾くことになったんですよ。

YUE(ds, cho):私は友達の紹介でFIXに加入したんですけど、Takuちゃんの書く曲がすごく好きだったのですぐに馴染めましたね。歌詞が小説っぽいというか、聴く人によっていろんな解釈の仕方ができるところがいいなと思ったし、ちょっと暗い感じのある音楽も自分の好みだったので。

──3人とも、もともとハードロックが好きだったんですか。

SUSIE:私はSUSIEと名乗っているだけあって、スージー・クアトロとかランナウェイズみたいなギャルバンを組んでいたので、ハードロックは好きな音ではありましたね。

YUE:私は昔から熱心に音楽を聴いてる感じじゃなくて、日本のアーティストのほうが好きでした。De-LAXとかが大好きで。ハードロックはFIXに入ってからTakuちゃんやバンド友達にいろいろと教わって聴くようになりました。

Taku:“OLD SCHOOL HARD ROCK TRIO”と名乗ってはいるんですけど、僕が一番好きなのはローリング・ストーンズなんです。音楽の入口はディープ・パープルやKISSだったんですけど、高校に入った頃にストーンズの『Let's Spend the Night Together』という映画が公開されて、そのCMをテレビで見て衝撃を受けたんですよ。「なんだこの人たちは!? ちゃんと弾いてないじゃないか!」と思って(笑)。後ろを向きながらギターを弾いてるし、そうか、ギターはちゃんと弾けなくてもいいんだなと思って(笑)。それからストーンズにのめり込んで、60年代、70年代初頭のロックを聴き漁って、ギターを弾くようになったんですね。バンドのキャッチコピーの“HARD ROCK”というのは、ハードロックという言葉が完全に定着する前、ジミヘンやクリームとかのイメージなんです。その後のエアロスミスとかはむしろあまり通ってなかったりするので。

──そもそもFIXというバンド名はどんな理由で付けたんですか。

Taku:単純に格好いい言葉だったので。それと「虜にさせる」みたいな意味もあって、いいなと思ったんですね。今でこそ「FIXする」(決定する)なんて誰でもよく使いますけど、14年前はまだそこまで浸透してなかったんです。当時は検索すると、付けまつ毛の接着剤のネーミングがよくヒットしたんですよ。

SUSIE:あと、当時はひねくれ者だったので、絶対に略させない言葉にしたくて短い単語にしたのもありますね。

〈巨匠〉そうる透のサウンド・プロデュース術

──今回リリースされた『Heaven knows』には、これまでの重要なレパートリーも収録されているんですか。

Taku:新しいのと半々ですね。ここ1年くらいでやってる曲と、FIXの前にやってたバンドの曲も入ってたりして。頭の5曲、「Clone butterfly」から「Special car」までは新しい曲です。

──本作ではそうる透さんをサウンド・プロデューサーに迎えていますが、これは外道ファンであるTakuさんのたっての希望だったんですか。

Taku:マネージャーの推薦で実現しました。実は発売が決まるずっと前、今年(2018年)の1月にはすでにレコーディングを済ませてあったんです。3日で全行程をやり遂げるという過酷なスケジュールだったんですけど(笑)。というのも、透さんのスケジュールが2日しかなくて、合宿して11曲のベーシックと歌をほぼ2日で録ったんです。1日12時間くらい集中して作業して。3日目にはアコギを重ねたりしました。

──YUEさんとしては、ドラマーの大先輩がサウンド・プロデューサーとして終始同じ空間にいるのがプレッシャーだったのでは?

YUE:まずセッティングからそうるさんが直々にやってくださいましたからね。チューニングも「俺のスネアを使いなよ。バンバン叩いていいから」と言ってくださったし、イヤモニも貸してくださって、まさかの耳友にもなったし(笑)。シンバルまで貸してくださったりして本当に至れり尽くせりで、演奏中は緊張して手がずっとドラえもんみたいでしたね(笑)。

Taku:透さんに前もって音源と楽譜を渡しておいたら、レコーディング当日までにいろいろと構想を練ってきてくれたんです。ギターをダブルにするところや歌をダブルにするところとかを細かく考えてくれたり、収録する11曲が一貫したイメージになるように工夫を施してくれたり。録り自体は僕らがどうこう言う前に、透さんがOKならそれで良しみたいな感じでした(笑)。悩んでいる時間もなかったので、結果オーライでしたけど。

──演奏面でそうるさんから学べたのはどんなことですか。

YUE:ドラムのテクニック的なことは特に何も言われませんでした。あくまでプロデュースなので、「この部分をこんなふうに叩いて」みたいなことはなかったです。「これはもう1回録ろう」というのはありましたけど、どの曲も基本的に1、2回で終わりでした。なんせ時間がなかったので、1曲につき録りは2回まで。3回目はなかったですね。

SUSIE:1曲録り終えて、「えっと、今のドラムは……」とこっちが言ってるあいだに「ハイ、OK! じゃあ次ね!」みたいな感じでどんどん進んでいきましたね。そうるさんの返事は「YES」と「ハイ」しかなかったです(笑)。Takuちゃんに至っては、仮歌をそのまま使われたりして。

Taku:仮歌を聴いた透さんが「歌はこのままでいいね」って。それ以来、仮歌を録る=本番というのを知りました(笑)。でもそれも、何度やっても良いテイクが録れるわけではないってことだと思うんです。

YUE:そうるさんとしてはその場の勢いや空気感を大事にしたかったんでしょうね。「一発に懸ける集中力がすごいね」とそうるさんが言ってくださったので、そういう部分を大事に録ってくれたのかなと思います。

──そうるさんが参加している「Special car」はダブル・ドラムということですか?

YUE:いや、そうるさんはシェイカーを振ってくださったんですよ。「俺が振るよ!」とノリノリで振ってくださいました(笑)。

──ものすごく贅沢に巨匠を登用しているんですね(笑)。

SUSIE:同じように、「幻」では松本(慎二)さんにナレーションをやってもらったんですよ。ベースではなく声で参加してもらって。

──「サムライ フジヤマ……」のくだりですね。本作の収録曲のなかで最も激しいアンサンブルが聴ける「幻」は日本的なワードを羅列した歌詞が一際ユニークですが、「期待などしてない ただ生まれてきただけ」という最後の一節には母国に対する諦念を感じますね。

Taku:曲をつくった15年くらい前はそんな気持ちだったんですけど、今はまた違う気持ちなんです。でもつくった当時の気持ちを大事にしようと思って、歌詞はそのままにしてあるんですよ。

ロックと四畳半フォークをミックスさせた音楽性

──「Clone butterfly」はファンキーでダンサブルなナンバー、「Cloud sky」は軽快なポップ・チューン、「雪解けの日」は囁くようなスロー・バラッドで、近年の楽曲は「幻」のような王道のハードロックというよりも大衆性を兼ね備えたロックにシフト・チェンジしてきたように思えますね。

Taku:もともと僕はギタリストでボーカルじゃなかったんですけど、自分が唄うバンドをやるようになって思うのは、ジミヘンっぽいギターと四畳半フォークみたいな歌をミックスした音楽をやりたいってことなんです。その両立がなかなか難しいんですけどね。

──言われてみれば、「風の街」はフォーキーに寄った楽曲ですね。

Taku:歌モノだと演奏が大人しくなってしまうし、音がうるさいと歌が聴こえづらくなりますよね。音はハードでも歌がしっかりと聴こえる、その両方を兼ね備えた音楽をFIXではやりたいんです。

──なるほど。今回のアルバムはハードロックというわりに音はあまり歪んでいないし、分離もクリアで、各パートの音も歌も際立ってよく聴こえるのが特徴だと思ったんですが、それは意図したことだったんですね。

Taku:ライブでもそういう音でやってるんです。だからこれがハードロックなのか? と思われるかもしれないけど、あえてそういう表現をしているんですよ。

──だからこそ「Cloud sky」ではハードロックらしからぬ美麗なコーラスを採り入れているわけですね。

Taku:今まであまりコーラスをやってこなかったんですけど、2人とも唄えるのでやってみたんです。ロック・バンドで女性2人のコーラスが入るのも珍しいし、使えるものは使っておこうと思って(笑)。

──「幻」で松本さんが参加しているのもマネージャーの采配なんですか?

SUSIE:完全にそうるさんの思いつきですね(笑)。

Taku:たまたま松本さんがツアーの帰りに遊びに来てくれたんですよ。その時にちょうど「幻」を録っていて、透さんが「ちょうどいい、マッチャンに声を入れてもらおう」って言い出したんです。それでいきなり「サムライ フジヤマ……」って声を入れてもらうことになったんですよ。松本さんにはどこかで参加してもらうつもりだったんだけど、「幻」がベスト・タイミングだったと思いますね。

──SUSIEさんが松本さんにベースのプレイについて何かアドバイスを受けたりは?

SUSIE:「幻」ではなかったですね。松本さんがベースについてアドバイスをくれたのは、「風の街」の1番と2番のあいだに入る飾りみたいなベースです。あのベースの部分はSUSIEのソロを入れるからフレーズを考えておいてねとそうるさんに言われていたんですけど、私が考えたフレーズを聴いた松本さんが「それならこんなふうに弾いたほうがいいよ」と教えてくれたんですよ。だからあの飾りっぽいベースは松本さんのアイディアですね。

──「メモリー」と「片手で生まれた猫 たまじの唄」で聴けるギターは誰が聴いても加納(秀人)さんだとわかる記名性の高いプレイですね。

Taku:ミックスの時に来てもらって、アンプから何から全部持ち込んで弾いてもらったんですよ。マネージャーには「その場で思いついたフレーズを弾くよ」と言ってたみたいなんですけど、事前に完璧に考えてきたフレーズを弾いていただきました(笑)。

SUSIE:「46小節目が……」って言ってたもんね(笑)。

Taku:「メモリー」なんて、最初の一発目から加納秀人バンドみたいですしね(笑)。ちなみに、加納さんに弾いてもらう曲を「メモリー」と「たまじの唄」にしようと言ったのも透さんです。

──「メモリー」は加納さんの扇情的なギターも相俟って、楽曲のスケール感が増幅したエモーショナルな一曲になりましたね。

Taku:加納さんはアコギとスライドも入れてくれて、けっこう重ねてあるんです。それに僕の弾くバッキングもありますし。

──歌詞から察するに、「メモリー」はTakuさんのお母さんに捧げた曲なんですか。

Taku:そうですね。ある日、外を歩いていたら子ども連れのお母さんがいて。その幼稚園児くらいの子どもを見て、自分も昔はこんな感じだったんだろうなと思ってつくった曲なんです。

一念発起してリズムを学び直したことで好転

──「たまじの唄」のようにブルージーなナンバーも、3コードのブルースを知り尽くした加納さんのギターが映えますね。

Taku:「たまじの唄」は、今回はアコギ・バージョンを収録したんですけど、実はエレキ・バージョンもあるんです。両方録って、どっちがいいかということでアコギ・バージョンになったんですけど。

──「たまじの唄」も歌詞がユニークですね。片腕の猫の視点で終始語られていて、片手であることをハンデと思わず、「大地を駆る 透明の左足」として捉えているという。

Taku:実際にウチで飼っていた猫のことを歌にしたんです。ちょうどFIXを結成した年に妊娠していた猫を拾ったら、ウチの家で4匹も生まれちゃったんですよ。そのうちの1匹が片腕だったんです。

──それが〈たまじ〉だったと。

SUSIE:本名は〈たまじまん〉って言うんですけど、レコーディングの準備をしている時に13歳で亡くなっちゃったんです。それでどうしても〈たまじまん〉の曲を思い出として入れたいとマネージャーにお願いしたんですね。最初は全部で10曲の予定だったんですけど、どうしても入れたいって。

Taku:〈たまじまん〉も最初は自分が片腕だと気づかなかったんだけど、だんだん元気に動き回るようになって、自分は他の3匹と違うことに気づいたみたいなんです。それで1週間くらいイジケちゃって、ひとりだけ違う場所で毛づくろいとかするようになって。その姿を見て「たまじの唄」をつくったんです。

──「たまじの唄」で聴ける加納さんのギターとTakuさんのギターが重なり合う様はスリリングで美しいし、いつまでも聴いていたくなりますね。

SUSIE:ギターは完全に加納さんの独壇場ですね。

Taku:後半になると僕のギターと混ざり合ってて、加納さんだと思ってたフレーズを自分が弾いてたりするところもあるんです。あの混ぜ具合はさすが加納さんならではのセンスだと思いますね。それに、僕は昔からずっと加納さんのライブに通い続けた人間なので、加納さんが自分の曲を弾いてくれるなんて信じられない光景でした。

SUSIE:Takuちゃんは外道が演奏してるビデオを擦り切れるほど見てたし、外道に憧れるあまり〈外水道〉っていうトリビュート・バンドをやってたくらいだからね(笑)。昔からお世話になってるクラブ・クロール代表の(近藤)竹湖さんに「Takuはホントに加納さんのことが大好きなんだなと実感するくらいソックリだな」って言われたこともあるし。ちなみに言うと、外道のオープニング・アクトをやらせてもらったのも竹湖さんのおかげだし、それが今回のアルバム発売の流れまで全部がつながっているんです。

──外道のマネジメント・オフィスに所属するところまで、すべてがつながっていると。

SUSIE:そうですね。マネージャーは初めてFIXのライブを見て、「外道が好きってわりにはなんてヘタクソなバンドなんだ」と思ったみたいですけど。「特にリズム隊が酷い」って(笑)。

──それで一念発起して、リズムを学び直したわけですか。

SUSIE:誰かにプレイを教わるなんて格好悪いし、そんなのロックじゃないと思ってたんですけど、GOKIGENYA Garageというライブ・バーでドラマーの有泉一さんとよく会うようになったんです。八代亜紀さんの『夜のアルバム』とかでドラムを叩いてる人なんですけど。その有泉さんがGOKIGENYA Garageでドラムスクールをやっていて、「YUEちゃんを日本一のドラマーにしてあげるよ」と言うわけです。それで「YUEちゃん、行ってきなよ」と背中を押して、自分は関係ないつもりだったんですけど、有泉さんから「SUSIEも来なさい」と電話があったんですよ。「これからは2人で通いなさい」って。有泉さんはベースリズムクリニックっていうのもやっているので、私もやることになったんです。

──どれくらいレッスンを受けたんですか。

SUSIE:2012年から始めて今も週一でやっているので、もう7年目になりますね。「中学生になったね」なんて言われてます(笑)。私たちのレベルにバンドのボトムが合わないように、自分たちのクオリティをとにかく上げるしかないと思ってリズムを勉強し直したんですけど、それなりの効果は出てきたと思いますね。去年(2017年)の7月にやった外道のワンマンでまたオープニング・アクトをやらせてもらって、そこで今のマネージャーに「外道のメンバーと会わない?」と誘われて、同じ頃にそうるさんがYUEちゃんに「FIXの3人と呑みたい」と連絡をくれたんです。

バンドを一生懸命やることが格好いい

──スキル・アップした甲斐あって、お声がかかったんですね。

SUSIE:8月にマネージャーから「一緒にやらないか?」と誘われて、9月にそうるさんがマネージャーに「FIXを何とかしてやれないの?」と言ってくださったそうなんです。そこまで言うならサウンド・プロデュースをやってくれとマネージャーが強引にお願いしたらしいんですけど(笑)。

──そうるさんがそこまでFIXを推したのは、何か光るものを感じたからですよね。

Taku:透さんは「50歳になっても上手くなるんだね」と感心してたみたいです(笑)。普通は僕くらいの歳になったら趣味でバンドをやる感じで、まず上達はしませんからね。

──TakuさんはFIXを趣味の領域ではなく、もっと大きなフィールドで活動するバンドにしたかった?

Taku:ここ3年くらいかな、特にそう思うようになったんです。リズム隊が上手くなると、今度は僕の歌のヘタさが目立つわけですよ。それで50歳にして初めてボイトレに通うようになったんです。そうなると、もっとバンドを活性化させたい欲が出てくるんですよね。以前からライブのMCでも冗談で言ってたんですよ、「“ロック界の最年長デビュー・バンド”を目指す!」って。

──それが晴れて実現したわけですね。苦節14年にしてやっと。

Taku:FIXの前にやってたバンドを含めると、苦節35年ですけどね(笑)。

SUSIE:遅咲きにも程がありますよね。51歳と10カ月でメジャー・デビューだなんて(笑)。

Taku:先がないのに大丈夫か? って感じですけど(笑)。

SUSIE:私とYUEちゃんにもメジャー・デビューしたい気持ちがここ数年ずっとあったんですよ。周りの人たちは呆れてましたけどね。昔は私たちもひねくれていたので「別にメジャーなんて関係ないや」なんて思ってましたけど、一周まわった今は、バンドを一生懸命やることが格好いいと思うようになったんです。純粋な気持ちで「メジャーに行きたい」と言うことの何が悪いんだろう? って。

──楽曲はバラエティに富んでいて演奏も確かだし、両手に花のバンドの佇まいも見栄えがいいし、メジャー向きだと思いますけどね。

SUSIE:見栄えがいいだなんて言われる日が来るとは思わなかったですね。長いあいだずっとくすぶっていたし、劣等感がものすごくあるので(笑)。

──ところで、『Heaven knows』というアルバム・タイトルにはどんな思いを込めたんですか。

Taku:「神のみぞ知る」という意味なんですけど、ネイティブの人は「そんなこと言っちゃって」とか「冗談だろ?」みたいに使うこともあるそうなんです。僕らも長くバンドをやってきて、そんな感じのことをずっと言われ続けてきたので、自分たちにぴったりな言葉だなと思って。「50歳を過ぎて最年長デビューなんて冗談だろ?」みたいに思われていたので(笑)。

──50歳を過ぎてメジャー・デビューできたのなら、還暦を過ぎて武道館デビューしたっていいじゃないですか。ここまで来たら何事も遅すぎることはないわけで。

Taku:いいですね、“ロック界の最年長武道館デビュー”。“最年長紅白デビュー”でもいいかな(笑)。でも武道館は本気でやりたいと思ってるんです。武道館で外道にオープニング・アクトをやってもらえたら最高ですね。

SUSIE:加納さんが弾きまくって、オープニング・アクトが2時間くらいやったりしてね(笑)。

Taku:まぁ、そんな夢物語も周囲の反応は『Heaven knows』(冗談だろ?)かもしれませんけどね(笑)。