リヴァプール、12年前の「CL準優勝」メンバーを覚えてる?その現在は

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ついに日曜日に迫ったUEFAチャンピオンズリーグ決勝。リヴァプールとトッテナムが欧州の頂点の座を争う。

2005年に優勝を果たしたリヴァプールは、その2年後にも決勝に進出しているものの、その際にはミランにリベンジを達成されてしまい準優勝に終わっている。

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前回優勝の際のメンバーはよく知られているが、では2007年の準優勝の際はどんなスタメンだったか?『FourFourTwo』の記事から振り返ってみよう。

監督:ラファエル・ベニテス

パウロ・マルディーニやカカ、セードルフ、ピルロ、インザーギとまさに「オールスターチーム」だったミランに対し、ベニテス監督は厳しい試合を経験した。

彼は2010年に「相互の合意の下で」リヴァプールを去り、ジョゼ・モウリーニョの後を継ぐ形でインテルの監督に就任。そしてその後チェルシー、ナポリ、レアル・マドリーと強豪クラブを指揮していく。

現在はニューカッスル・ユナイテッドの指揮官を務めているが、プレミアリーグでなかなか苦しい戦いを続けている。クラブが中東関係に買収されれば一発逆転もあるか?

GK:ペペ・レイナ

プレミアリーグでのリヴァプールの歴史上最高クラスのゴールキーパーといっていい。実はクリーンシート率では数々の名守護神を抑えて1位になっている。

アンフィールドでは3年連続ゴールデングローブ賞を獲得し、2009-10シーズンには年間最優秀選手に選ばれた。スペイン代表ではサブであったが、2つの欧州選手権と2010年W杯の優勝を経験している。

2014年にリヴァプールを去った後、その直前に貸し出されていたナポリではなくバイエルン・ミュンヘンへの移籍を選択。ノイアーのサブとしてシーズンを過ごし、その後フリーでミランへと加入している。

右SB:スティーヴ・フィナン

しばしばこのときのリヴァプールにおいて弱点だったとも言われるフィナンであるが、その一貫性あるプレーで強固なディフェンダーとして活躍していた。2度のCL決勝を経験しているが、両方共途中交代になっている。

2008年までリヴァプールでプレーした後、スペインのエスパニョールへと移籍。そこであまり活躍できず、2010年にポーツマスで現役を引退した。

元アイルランド代表のDFは現在ロンドンに在住しており、不動産開発会社のフィナン・ディヴェロップメントを経営するビジネスマンになっている。

CB:ダニエル・アッガー

強靭なフィジカルとパワフルな左足で知られたデンマーク代表のDFは、その特徴あるプレーにおいてリヴァプールのサポーターに大きな印象を残した。

この試合でもコーナーキックからのフリックオンがディルク・カイトのゴールを導いており、記憶に残る選手だった。2014年にリヴァプールを退団し、プロデビューした古巣ブレンビーへと戻っている。

しかし2016年に31歳という若さで現役引退。怪我のために痛み止め薬の依存が進み、健康を懸念してキャリアを終えたのだ。現在は弟とともに水道会社を経営したり、慈善団体を運営したり、タトゥー文化を保護するコミュニティへの投資をしたりしている。

CB:ジェイミー・キャラガー

エヴァートンのファンだったことで有名だが、リヴァプールでレジェンドになった。このシーズンはアッガーとの素晴らしいパートナーシップを形成し、最終ラインを締めた。

リヴァプールで737試合に出場し、一つのクラブだけでキャリアを終えた。チャンピオンズリーグを1回、FAカップを2回、リーグカップを3回、そしてUEFAカップを1回。多くのタイトルに恵まれた。

現在はメディアで辛口の解説者として活躍中。昨年3月にはリヴァプールがマンチェスター・ユナイテッドに敗れ、その帰り道で煽ってきたファンに唾を吐く場面も。レッズ魂はまだ生きている。

左SB:ヨン・アルネ・リーセ

「スレッジハンマー」と呼ばれた強烈な左足を持っていたノルウェー代表DFは、その唯一無二のプレースタイルでリヴァプールのカルトヒーローだった。時にはウイングでプレーすることも。

2008年にリヴァプールを去った後は、ローマ、フラム、APOELニコシア、そしてインディアン・スーパーリーグの2クラブでプレー。そしてキャリアをスタートしたオーレスンに復帰している。

その後は代理人に転身し、グローバル・フィネスト・アスリーツという企業のCEOに就任。今年1月からはマルタ・プレミアリーグの名門ビルキルカラでスポーツディレクターを務めることになった。

センターMF:シャビ・アロンソ

クールで落ち着いたスペイン人MFは、どんなチームでも一つにまとめてしまうピッチ上での能力を持っていた。アンフィールドでも絶大な存在感を発揮した。

ラファエル・ベニテス監督がギャレス・バリーを求めたことによって関係がこじれ、彼は2009年にレアル・マドリーへと移籍。その後バイエルン・ミュンヘンに加入し、ジョゼップ・グアルディオラ監督の薫陶も受けた。

2016-17シーズン終了後に引退を決断した後、指導者に転身。昨年夏からはレアル・マドリーのU-14チームを指導しており、今季はリーグ優勝を達成している。

センターMF:ハビエル・マスケラーノ

カルロス・テベスとともにウェストハム・ユナイテッドに電撃加入し、世界に大きな驚きを与えたマスケラーノ。そこでは今ひとつ活躍できなかったが、リヴァプールで才能を発揮できるようになった。

2010年にリヴァプールを離れ、ジョゼップ・グアルディオラ率いるバルセロナに加入。貴重な守備職人として2つのチャンピオンズリーグ優勝に貢献し、重要な役割を果たした。

昨年1月にバルセロナを退団し、中国の河北華夏幸福へと移籍。ロシアW杯出場を最後に代表からは離れたが、アジアでまだプレーを続けている。

攻撃的MF:スティーヴン・ジェラード

シャビ・アロンソ、ハビエル・マスケラーノ、そしてスティーヴン・ジェラード。この中盤はリヴァプールの歴史上でも1、2を争うクオリティを持っていたと言えるトリオだ。

長くアンフィールドで活躍した彼はプレミアリーグの優勝には恵まれず、2013-14シーズンには自分のスリップによってタイトル獲得の夢を逃してしまう。悲運のキャプテンであった。

彼は2015年にロサンゼルス・ギャラクシーへと移籍し、その1年後にBT Sportsで解説者を務める一方、リヴァプールのU-18で監督に就任。ユース年代のチームで指導実績を残した。

今季はスコットランド・プレミアシップの名門グラスゴー・レンジャーズで監督を務めており、かつての恩師ブレンダン・ロジャーズ(シーズン途中で辞任し、レスターへ)が率いていたセルティックとしのぎを削った。

左WG:ボウデヴィン・ゼンデン

所属していたミドルズブラと似た「ボロ」という愛称を持つゼンデン。2005年にリヴァプールへと加入した。全体的には怪我に苦しんだが、2006-07シーズンのチャンピオンズリーグでは大きな活躍を見せた。

この決勝戦が彼にとってリヴァプールでの最後の試合となり、フランスのマルセイユへと移籍。2009年にイングランドへと戻り、サンダーランドで2シーズンプレーした後に現役を離れた。

それから間もなく指導者に転身し、ラファエル・ベニテス監督の下でチェルシーのアシスタントコーチを務めた。その後ヨングPSVでアシスタントを務め、現在はトップチームのコーチに引き上げられている。

右WG:ジャーメイン・ペナント

チャンピオンズリーグの決勝戦でプレーしたペナントであるが、彼のキャリアはあまりにも奇妙なことが多かった。

アーセナルのデビュー戦でハットトリックを決めたヒーローは、リヴァプールに加入した後81試合に出場。おそらくそれが彼のキャリアの頂点だった。2009年にフリーでサラゴサに移籍したが、それからストーク、ウォルヴァーハンプトン、プネ・シティ、ウィガン、タンピネス・ローヴァーズなど様々なクラブを渡り歩いた。

2017年にはベリー、ビレリキー・タウンでプレーしたが、あまり活躍することなく短期間で退団。昨年は自伝を出版し、セレブリティビッグブラザーというテレビ番組に出演した。

FW:ディルク・カイト

アンフィールドであまりにもファンに愛された万能ストライカーは、この試合の89分にリヴァプール唯一のゴールを決めた選手だ。

2011年のマンチェスター・ユナイテッド戦でハットトリックを決めたことで有名なカイトは、2012年にリヴァプールを離れてトルコのフェネルバフチェへと移籍。3年間をそこで過ごし、古巣フェイエノールトに戻って現役を引退した。

2017年にはピッチを離れたが、昨年は4部のクイック・ボーイズで短期間現役復帰し3試合に出場した。現在はフェイエノールトU-19のコーチ。

サブ:ハリー・キューウェル

オーストラリアのレジェンド的ウインガー。この試合ではゼンデンと交代で59分にピッチへと入っている。

あまりにも多くの怪我に悩まされた彼は、リヴァプールを去ったあとガラタサライ、メルボルン・ヴィクトリー、アル・ガラファ、メルボルン・ハート(現メルボルン・シティ)でプレーし現役引退した。

現在は指導者となっており、ワトフォードのアカデミー、クローリー・タウン、ノッツ・カウンティで監督を務めた。指揮官としてはあまり結果を残せず、現在はフリーとなっている。

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サブ:ピーター・クラウチ

この試合で78分に投入されたクラウチ。リヴァプールでの3シーズンで42ゴールを決めた長身ストライカーであるが、この試合ではネットを揺らせなかった。

38歳となった現在もバーンリーで現役を続けているが、その一方でトークの面白さを買われてラジオDJとしても活躍。おそらくいつ引退しても仕事には困らないはず。

サブ:アルバロ・アルベロア

スティーヴ・フィナンに変わって89分に投入されたアルベロア。このシーズン終了後、リヴァプールでポジションを掴んだ。

2009年に古巣のレアル・マドリーへと復帰し、チャンピオンズリーグを2回優勝。そしてウェストハムでプレーした後2017年に現役を引退した。現在はスペインのメディアで働く他、レアル・マドリーの大使としても活動中。