【野球と記録】野球はなぜ「記録のスポーツ」に? 刊行物からセイバーメトリクスへ

今では「セイバーメトリクス」は記録を語るうえで欠かせない存在に

記録サイトが広がった背景はゲーム?

 ベーブ・ルースをはじめとする大選手が次々と大記録を樹立したことにより、MLBは「記録で語るスポーツ」となった。アメリカの野球ファンは新聞やテレビ、ラジオで野球記録の情報に接するほか、いわゆる「レコードブック」で野球の記録に親しんできた。

 1913年に創業された「エリアス・スポーツビューロー」は1937年にアメリカン・リーグの記録を集計した「レッドブック」の作成をリーグから委託される。さらに翌年にはナショナル・リーグの「グリーンブック」も手掛けるようになる。

 MLBの公式記録は、こういう形で刊行物として出版され、多くの野球ファンがこれを購入し、野球を「記録」で楽しむようになった。以後、アメリカでは毎年、多くの野球記録に関する本が出版されたが、その最高峰というべき本がマクミラン社の「Baseball Encyclopedia」だろう。

 この本は1969年に初めて刊行された。MLBの公式戦に1試合でも出場した選手のキャリアSTATSをすべて収録している。ページ数は3000ページを超え、厚さは9センチを超えた。しかし、毎年この本を購入するファンは増え続け、ロングセラーとなった。

 1970年代になると統計の専門家のビル・ジェームスらによって「アメリカ野球学会(SABR)」が誕生する。SABRは、MLBの記録を統計的に分析した。アメリカ野球界に革命をもたらしたこの活動は「SABR+Metrics(指標)」を組み合わせて「セイバーメトリクス」と呼ばれた。

 当初、セイバーメトリクスは、MLBの公式記録をベースに様々な指標を考案した。OPS、WHIP、K/BB、RFなどの指標は、MLBの価値観を大きく変えた。オークランド・アスレチックスがセイバーメトリクスの研究者を迎え入れ、勝ち星を増やしたことはベストセラーになった「マネーゲーム」に紹介されている。セイバーメトリクスは、MLB球団にとって不可欠の存在となる。今はビデオ録画システムや、トラッキングシステムを活用して、選手の動きをきめ細かく測定してデータ化し、戦術、戦略に活用するまでに進化している。

「Baseball Reference」は、月間100万人のユニークユーザーをもつ巨大なサイトに成長

 21世紀に入り、インターネットが普及すると「記録サイト」が誕生した。2000年にセイバーメトリクスの研究家によって創設された「Baseball Reference」は、月間100万人のユニークユーザーをもつ巨大なサイトに成長。

「Baseball Reference」は、現在のMLBで最も重要視される選手評価の指標であるWAR(Wins Above Replacement)を発表しMVPなどMLBの選手表彰に大きな影響を与えている。

 また同サイトは、ニグロリーグや独立リーグの過去の記録も発掘している。さらにNPBの記録もすべて収録。最近はKBOの記録を収録したほか、NPBのイースタン、ウェスタン両リーグの記録の収集も始めている。アメリカには、ほかにも同じくWARを発表している「FanGraphs」、「Baseball Almanac」、「Baseball Prospectus」、「Baseball Cube」などの野球記録サイトがあり、いずれも多くのアクセスを得ている。

 記録サイトがここまで広がった背景には「ファンタジーベースボール」というゲームが流行したことがある。メジャー球団のオーナーとなって、実際のMLBの記録をもとに勝敗を争うこのゲームは、1980年代に広まり、今では数百万人の愛好者がいる。彼らはシーズン中は毎日のようにMLBの記録をチェックして一喜一憂している。

 MLBでの野球記録が占めるウエイトは、日本では想像できないほど大きい。一般のファンであっても野球は「記録で語る」ことが一般的になっている。

 アメリカで野球記録がここまで普及した背景には、MLBが公式記録を民間にゆだねたことが大きい。「エリアス・スポーツビューロー」をはじめとする民間の記録会社は、記録をビジネスにするため、様々なビジネスモデルを考案した。

 MLBは1970年代まで公式記録を新聞記者にゆだねていたが、新聞社が記者の負担に難色を示したため、1980年に初めて公式記録員を雇用。以後、公式記録はMLB機構によって発表されているが、公式記録はMLBやチームだけでなく、メディア、そして一般のファンの「共有物」となっている。誰でも記録を見ることができ、それを活用できる自由さが「野球記録」を大きく普及させたと言ってよいだろう。(広尾晃 / Koh Hiroo)

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