対レッドブル・ホンダの新兵器。一石三鳥とも言われるメルセデスの革新的ステアリング『DAS』の具体的効果

今季のF1で新車発表直後のバルセロナ公式テストで話題をさらったDAS(ダス)。メルセデスの20年モデル W11のフロントエリアに採用された新機構だ。DASとはデュアル・アクシス・ステアリングの略だという。

「ドライバーはストレートに入るとステアリングを手前に引き、ストレートエンドでステアリングを奥に押し戻している。手前に引くと、アウト側にセットされていたトーがニュートラルになると同時に車高が上がり、走行抵抗とドラッグが減って最高速が伸びる。奥に押し込んだ状態が基本ポジションで、コーナーリングに最適なトーとライドハイド(車高)に戻るというわけだ」と、発売中のオートスポーツ臨時増刊2020F1全チーム&マシン完全ガイドの文中では説明している。

しかし、ここでひとつ疑問が生じる。車高が上がればダウンフォースが低下して、その分ドラッグも低下して最高速が伸びるのはすんなり理解できる。だが、アライメントの常識からすると、ストレートでトーをニュートラルにすると走行抵抗が減らず、むしろ増えると考えられるからだ。

F1マシンのフロントタイヤには強いネガティブキャンバー(タイヤを正面から見て下が開いたハの字)がついており、これに釣り合うようにタイヤ走行抵抗を減らすための施策としては、トーをアウトに振らなければならない(タイヤが前開きになる)。しかし、たしかにメルセデスの新車W11はストレートでトーイン側に動かしているように見える。

前出、2020F1全チーム&マシン完全ガイドの解説記事を執筆した世良耕太氏によれば「あくまで推測ですが」と前置きしながら、「トーをストレートでニュートラルにすることでタイヤの前面投影面積を減らしているのでないか」と説明する。

F1の直線スピード、250km/h以上の高速域ではタイヤの転がり抵抗より空気抵抗の影響が大きいということだろうか。

さらにタイヤのころがり抵抗だけをみると、増える方向にあるトーの制御によってフロントタイヤの発熱を促進している可能性もあるのではないかとの見方も世良氏は示した。

長いストレートでは、駆動力がかかって仕事が続くリヤタイヤに対して、フロントタイヤはブレーキング開始までの間に仕事が少なく冷えてしまいがち。トーをニュートラルにすることでタイヤを少し引きずることによって、フロントタイヤを温めることまで狙っていたとしたら、一石二鳥どころか三鳥になる。

車高による空気抵抗減少、フロントタイヤによる空気抵抗減少、フロントタイヤの発熱促進。DASのひとつの機構で3つの目的を達成できる。

来季2021年からの禁止が決まっているだけに、機構を理解してもライバルは追随しづらい状況も追い風だ。そこまでメルセデスは織り込み済みなのかもしれない。

2019年シーズン、メルセデスはハイダウンフォースであるがゆえに、フェラーリやレッドブル・ホンダを相手に苦戦するラウンドもあった。その弱点を潰すための新兵器であることは間違いないだろう。

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