“50億円利益を上げた”たけぞう氏が語る、証券ディーラーの「待遇」と「運用戦略」

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たけぞうさんは、証券会社時代に50億円もの利益を生み出した敏腕ディーラーです。現在は個人でトレードと向き合うとともに、株の魅力を広める活動に積極的に取り組んでいます。約30年前、株の世界に入ったきっかけとディーラーの仕事内容について聞きました。


場立ちってどんな仕事?

――たけぞうさんは証券会社時代を含めると30年以上株式投資に携わっています。もともと株や投資の世界に興味があったのですか。

いいえ、株について勉強したのは入社してからです。私は山口県出身で、東京に行きたいと思っていました。そんな時、東京に出ていた高校時代の先輩から勤め先を紹介してもらい、それがたまたま証券会社だったのです。

当時は証券取引所に立会所があり、各証券会社から取引を代行する場立ちの人が派遣されていました。その部員が必要だったのですね。足りないから来なよ、ということで採用になり、株の世界に入ることになったのです。

――場立ちの人はどんな仕事をしていたのですか。

今のようにスマホで「板」が見られる時代だと想像しにくいですよね。

当時は立会場に行かなければ株価や売買状況がわからなかったため、場立ちが自分の担当銘柄の株価や売買状況などを把握し、立会場にある自社のブースに手サインで伝えます。一方、ブースは営業マンとやりとりして顧客からの注文を受け、その内容を場立ちに伝えます。今はスマホで簡単に注文が出せますが、当時はそのシステムもなかったので、場立ちが代わりに注文を執行していたわけです。

立会場ではトヨタ自動車やNTTといった大きな銘柄を中心に150銘柄の売買が行われていました。私はその中の40銘柄を担当し、4年ほど場立ちとして仕事をしていました。

――その後、証券会社のディーラーになるわけですね。

はい。場立ちをしていく中でディーラーを目指すようになったのです。

当時の証券会社では営業が花形の仕事でした。これも今では考えにくいでしょうけれど、売買手数料で往復7%とか10%といった売上になった時代です。稼ぎ頭の仕事であるため、営業になりたい人が多かったですし、会社も営業を大事にしていました。私も一度、上司から山口に戻って営業をやったらどうか打診されたことがありました。ただ、どうしてもディーラーになりたかったんです。顧客から注文を取るのではなくて、自分の腕一本で稼ぐ姿がかっこよく感じ、場立ちからディーラーを目指すという道を選んだのです。

12億円稼いだ年も

――ディーラーは会社の資金を運用して利益を出します。最初はどれくらいの資金を運用するのですか。

2,000万円から3,000万円だったと思います。基本は日計り(デイトレード)で、現物で売買することが多かったですね。そこで利益が出せるようになると、徐々に扱える金額が増えていきます。一番多い時で10億円の運用を任されていた時期もありました。もちろん、金額が大きくなる分だけ利益のノルマも上がっていくわけですが。

――成果に応じて給料も変わるのですか。

今は歩合のディーラーがほとんどですが、当時は固定給で、成果に応じてボーナスが上乗せされる仕組みでした。ディーラーの歩合制が広がったのは2000年代のITバブルの少し前くらいからで、それまでは他社も固定給が多かったと思います。ボーナスが半期ごとなので、その期間の成果と会社の評価を踏まえて利益の何パーセントかがボーナスになりました。そのころは1年で12億円くらい稼いだこともありましたので、そう考えると歩合制だったらよかったですね(笑)。

――ディーラーによって運用の戦略は違うわけですよね。

会社によってルールはあり、例えば、私の勤め先の場合は低位株や安い株はなるべく触らないというルールがありましたが、それ以外は基本的にディーラーの自由です。むしろ、自分なりの投資法や運用戦略を作っていくところでディーラーの差が出ます。

私の場合は日計りが基本で、その時々の流行りものにつくトレードが中心でした。今でいうテーマ株投資のようなものですね。一方、周りにはファンダメンタルズを重視しながら長めの時間軸で運用する人もいました。そういう手法なども見ながら、自分に合う方法を作っていきます。

私が今、短期トレードを中心にしているのも、その時の経験があるからだと思います。ファンダ重視で銘柄を買っていくと、大きな下げ相場が来た時などに売り遅れることがあります。その痛みに耐えるのが私は好きではないので、2、3日で決済することが多いですし、相場が良い時でも1週間くらいしか持ちません。時間軸を長くしない手法がこのころに身につきました。

ディーラー人生に影響した2つの大きな変化

――立会場は1999年に廃止になり、現在のようなシステム化が進んでいきます。現場で変化を見ている中で印象的だったのはどんなことですか。

ディーラーの雇用形態としては業界全体として固定給から歩合給に変わったこと、売買そのものについてはアルゴ取引(アルゴリズムによる取引)が増えたことが大きな変化だと感じます。ディーラー時代の最後の方はこの2つの影響が大きく、ディーラー側に不利な部分が出てきたと感じましたし、難しくなったとも感じました。若いディーラーはデジタル化の流れをすぐに理解し、対応します。その点で私はアナログなところがあり、出遅れた気がしています。証券会社の一線で25年働けたことに満足している反面、自分のやり方をもっと大胆に変えていればもう少し稼げたかなと思うこともあります。

――歩合給に変わるのもディーラーには大きな変化なのですね。

歩合給はディーラーのメンタル面に影響すると思います。証券会社のディーラーは毎年4月に利益ゼロの状態から始まります。3月までにいくら稼いだとしても、それは貯金にはならないわけです。そこが個人と大きく違います。

そのため、4月、5月でつまずき、マイナスを出してしまうと、どうしても取り返したいという心理に傾きやすくなります。前年度までの成績と関係なく、今年をプラスで終わらせないとならないので、そこでメンタルが揺れ、焦りが生まれることもあると思います。

――そのような変化を感じながら、会社を辞めて、個人で活動する道を歩き出すことになるわけですね。

そうですね。株で食べていくのは簡単ではありませんが、株が好きですし、トレードも好きです。会社という枠を出れば株の楽しさを伝える活動なども自由にできるようになります。そう考えて、個人でやってみようと思ったのです。

たけぞう
1988年、中堅証券会社に入社、4年間の“場立ち"を経て、20年間以上、証券ディーラーとして活躍。多いときには約10億円の資金運用を託され、重圧と戦いながら約50億円の収益を上げる。2018年まで約30年間勤務したのち、独立して個人投資家に。著書に「50億稼いだおっさんが教える 月5万稼ぐ株投資」(ぱる出版)がある。2020年3月26日オープンの「みんなの投資サロン by MONEY PLUS」にレギュラー投資家として参加。個人投資家に向けて日々の情報発信を続けている。

<写真・木村哲夫>