知っていますか早稲田式と慶応式? 野球のスコアブックの魅力と歴史

今日使用されている野球のスコアブックはアメリカで生まれた

日本のスコアの記入方法は、明治時代にアメリカの方式をもとに第一高等学校が編み出す

 野球ファンは、試合観戦ができないことに欲求不満を募らせていることだろう。しかし「球春」は、遅れても必ずやってくる。その時のために「野球の知識」を深めておくのもいいかもしれない。

 海外の球場でスコアブックを拡げてスコアを付けていると周囲の人が珍しそうにのぞきに来る。野球のスコアブックはアメリカが発祥で、アメリカでも同様のスコアブックが販売されているが、付けるのは新聞記者や記録担当者、球団スタッフくらいだ。一般のファンが試合のスコアを付ける習慣はあまりない。

 少し前まで、日本では野球ファンが広く野球のスコアを付けていた。各種のスコアブックが書店やスポーツ用品店で販売され「スコアブックの付け方」という本も刊行されている。日本の野球ファンは、スコアブックを記入することで知識を深めていったのだ。

 スコアブックの書式は日米でそれほど大きな差はないが、スコアの記入方法は大きく異なっている。日本のスコアの記入方法は、明治時代にアメリカの方式をもとに第一高等学校(現在の東京大学)が編み出したが、その後、大学野球で完成された。まず、慶應義塾大学が独自のスコアの記入方式を開発、続いて早稲田大学がこれと異なるスコア記入方式を開発。スコアについても「早慶」は張り合った。

 高校野球以下のアマチュア野球では、早稲田方式が広く普及したが、プロ野球は慶応義塾大学出身の山内以九士が草創期からルールの制定などに関与した関係もあって、慶應方式になっている。ただ、野球記者の多くは早稲田方式でスコアを付けている。

 春先のオープン戦や独立リーグの試合の記者席では、新任の野球担当となった記者が、先輩記者に教えられてスコアを付ける風景が見られるが、ほとんどが早稲田方式だ。

球数制限の導入によってスコア記入の必要性も高まる?

 高校野球のスコアは、スコアラーがつけることが多い。女子マネージャーの中には、丁寧で見やすいスコアを付ける人がたくさんいる。ミスタープロ野球・長嶋茂雄は佐倉第一高校時代は全く無名だったが、1953年8月1日、埼玉県の大宮球場での熊谷高校との試合でバックスクリーン下に弾丸ライナーのホームランを打ったことで新聞記者や大学関係者に注目された。佐倉第一高校(現佐倉高校)野球部には、当時のスコアブックが残されているが「107メートル」という推定飛距離が記入されている。

 アメリカではプロ野球の記録は、新聞記者が担当していたが、日本では両リーグに記録部が設けられ、専任の公式記録員が記録を付けていた。戦後になって公式記録員は、本塁打が出た際には欄外に「推定飛距離」を記入するようになったが、それ以前はその習慣がなかったため、戦前は柵越えの本塁打とランニング本塁打の区別がわからないままになっている。

 スコアブックを付けることの最大のメリットは「試合の流れがわかる」ことだ。どの打者がどういうタイミングで打席が回ってきているか、そして投手はどんな球を投げているかをスコアで追いかけることで、次の展開を読むことができる。好調な打者に対して、投手が入り球を「ボール」にしていることなどがわかる。投手の交代期なども予測することができる。反対に言えば、その試合でブレーキになっている選手もわかる。そういう選手が途中交代させられることもよくある。

 また、打者の打球の方向を見ることで、投手がどんな投球をしているかも把握できる。試合中に、ベンチからコーチが出て内野や外野に守備位置の指示をすることがあるが、スコアを付けているとその理由も理解できる。

 日本高野連は今年の選抜から「7日で500球以内」という「球数制限」の導入を決定した。これによって、スコア記入の必要性が高まった。今後、スコアラーや記録員などの需要が高まるだろう。

 スコアの記入そのものは、それほど難しくない。本来は1球1球記入するものだが、投打の結果だけを付ける簡易な形でも、試合展開は十分に理解できる。最近はスマホのアプリで簡単に野球の記録を入力することもできるが、スコアを付けることで野球への理解を深めることができる。

 野球がないこの時期に、スコアの付け方を学んではいかがだろうか?(広尾晃 / Koh Hiroo)

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