コロナ禍でも異国に留まる日本人 フィリーズ本間氏が語るドミニカの現状と思い

フィリーズのアカデミーの選手たちをサポートする本間敬人氏(右端)【写真:本人提供】

フィリーズのアカデミーでトレーナーを務める本間敬人さん

 ドミニカ共和国にあるメジャー球団のアカデミーで、コロナ禍の中、寮に残っている選手たちを裏方として支えている日本人がいる。フィリーズでアスレチック・トレーニング・ストレングス・コンディショニング・リエゾンとして働く本間敬人氏だ。フィリーズのアカデミーには現在、国の封鎖によって母国に帰国できなかったベネズエラ人選手57人が残っており、本間氏は彼らの練習や生活をサポートしている。その近況について話を聞いた。

 カリブ海に浮かぶ常夏の国、ドミニカ共和国。現在、同国ではメジャー全30球団が若手育成のためのアカデミーを持ち、将来のメジャーリーガーを育成している。フィリーズのアカデミーは首都サントドミンゴから東に約30キロの距離にあるボカチカの郊外に位置する。

 近隣にはツインズ、ヤンキース、カージナルス、ロッキーズなど多くの球団のアカデミーが点在しており、試合も盛んに行われている。同アカデミーには16歳から22歳までの計101人の若き選手たちが所属。その国籍はドミニカ共和国、ベネズエラ、コロンビア、パナマ、メキシコ、オランダ領キュラソー、オランダ領アルーバと様々だ。

 だが、そんな未来のメジャーリーガーたちを育成するアカデミーにも新型コロナウイルスの影響が出ている。米国ではメジャー、マイナーともにオープン戦が中止されて開幕も延期になった。選手たちは自宅などで各自トレーニングをしている状況だが、それはドミニカも同じだ。

 フィリーズでは感染拡大防止のため、3月16日に選手、スタッフらにそれぞれの自宅に帰るように指示。ドミニカ人はリハビリ組の選手2人を除き、全員が家に帰り、海外組もそれぞれの国に戻った。ドミニカではその後、政府が3月19日に国家非常事態宣言を行い、陸、海、空、全ての国境を閉鎖。同20日には夜間外出禁止令を発令し、午後8時から午前6時までの外出を完全に禁じた。その後、夜間外出禁止の時間は午後5時から午前6時までに広げられた。4月3日には都市間の移動を禁止。各都市の入り口には軍による検問所が設けられている状態だ。

フィリーズのアカデミーに属するベネズエラ人57人は母国に帰国できず

 そんな中、母国に帰国することができず、アカデミーに取り残されたのが、57人のベネズエラ人選手たちだった。ベネズエラは今回のコロナ禍を受け、3月14日からドミニカ共和国とパナマからの航空機の運航を停止した。また、米国もベネズエラの情勢悪化を鑑み、昨年5月から米国とベネズエラを結ぶ旅客機の運航をすべて停止するなど、他国もベネズエラ路線を以前から運休している状態だ。

 3月16日からは国内で社会的集団隔離措置がとられ、多くの州で不要な外出が禁じられた。そして翌17日には他国からの旅客便も完全にストップ。ブラジルはベネズエラとの陸路の国境も部分閉鎖し、コロンビアもベネズエラとの国境を閉鎖。ベネズエラ国内では州を跨ぐ移動もできない状態で、ベネズエラ人の選手たちは母国に帰る術を完全に失った。米国に所在地があるマイナーチームのベネズエラ人の選手たちも米国のホテルで缶詰の状態だという。

 本間氏もチームから日本に帰る選択肢を与えられたが、「この時期に長時間飛行機に乗るのは逆にリスクがある」と、ドミニカのアカデミーの寮に残ることを選択した。2012と2013年はパイレーツのアカデミーでドミニカでは日本人初のフルタイムスタッフとしてトレーナー業を務め、昨年からフィリーズで働く本間氏は、ドミニカでの勤務は今季で通算4季目。また冬も計11年に渡ってベネズエラのウインターリーグでトレーナーを務めており、ベネズエラにも愛着がある。そんなことも、ドミニカ残留を決断させた理由の1つだった。

 今回の一斉帰宅を受け、フィリーズでは一部、近隣のホテル暮らしだったベネズエラ人選手たちを、空きが出た寮の部屋に移動させ、アカデミーの敷地内で選手たちを一括管理。最初の1週間は練習は行われていなかったが、チームの方針で3月下旬から練習を再開した。MLBから通達されたコロナ禍でのルールを守り、選手たちを8人以下のグループに分け、一緒に残っているベネズエラ人のコーチらが指導する形で、時間差で練習を行っているという。

「アカデミーの敷地内であれば、外部との接触もない。一緒に練習をしていいのは8人以内というMLBが定めたルールに基づき、チームの指示に従って練習をしています。アップ時から選手たちには2メートルの距離を保つように言っています。一番気をつけているのは、ケガ人が出ないようにすること。今は選手がケガをしても、我々スタッフは病院についていけない状況ですし、国内の医療もすでに崩壊している。この国は元々、救急車を呼んでも来る確率は10%なので、接触プレーやボールが当たってケガをしないよう、グラウンドを使うのもアップやノックだけ。紅白戦やシート打撃、フリー打撃、走者を置いての練習はしていません。打撃練習は室内ケージを使い、8人を2つのグループに分けて、距離を取らせて打たせています。病院に行くと、逆に菌をもらう可能性もありますし、とにかくケガだけはしないでくれと願っています」

「もう、疑わしきものはとにかくなんでも消毒しています」

 用具係らドミニカ人スタッフが不在のため、本間氏の仕事は現在、多岐に渡っている。朝は5時に起床し、5時半には事務所に出勤する生活。ボールなどの練習用具や水の準備も担当する。選手たちの体温も毎日測る。消毒のための塩素剤の用意も欠かさない。

 食堂のスタッフや警備員、清掃員ら、外部からの通勤者には手だけでなく、全身のアルコール消毒とマスク、手袋の着用を義務化。水のタンクや食料の入った段ボールなど、外部から持ち込まれるものはすべて本間氏がアルコールジェルで拭いて除菌する徹底ぶりだ。朝6時までは外出禁止令があるため、食堂のスタッフの出勤時間にも影響が出ており、朝食の時間も変更された。

「喉の痛みを訴える選手が出た時は部屋で隔離をし、食事はドアの前に置いて渡す形を取りました。回収した食器はアルコールで消毒。もう、疑わしきものはとにかくなんでも消毒しています」

 アカデミーでは通常、練習後に午後3時から英語や数学、国語、歴史、経済などの授業も行われているが、こうした授業も現在は中止されている。寮生はドミニカ人は2週間に1度、自宅に帰ることが許されており、ベネズエラ人ら海外組は大型バスでショッピングモールに連れて行ってもらえるが、都市をまたぐ移動が禁じられているため、こうした息抜きの時間も確保できていない状態だ。

「通勤してもらっているスタッフたちは歌いながら陽気に仕事をしてくれていますが、やはり『この状況は辛い』と言っています。でも、自分たちの健康は自分たちで守るしかないですからね。選手たちの中には『外に出たい』『ベネズエラに帰りたい』と言っている者もいますが、ベネズエラに帰ったところで今は(経済が破綻していて)食事も満足に食べられない。でも、ここにいたら食事もある訳ですからね。ここにいることは義務ではありませんが、ここは野球で大成したいと思う選手たちが来るところ。彼らは多額の契約金ももらっている訳ですし、『この環境がありがたいと思えないなら、辞めてもいいんだよ。他に来たい選手はたくさんいるんだから』と言っています」

「この今の時期も、こうして練習ができることをチャンスだと思えるかどうか」

 実際、オフシーズンになると、メジャーの選手もキャンプインに備え、2月中旬までアカデミーに来て打撃練習を行う。選手たちにとっては夢を間近で感じることができる最高の環境だ。

 現在、ドミニカのアカデミーでの練習の有無は球団によって異なるといい、隣接するツインズやヤンキースのアカデミーにもベネズエラ人選手たちが残っているが、練習はやっておらず、近隣にあるカブスはケージでの打撃練習と筋トレだけに限られているという。また、フィリーズでは通常通り、選手たちに日当も支払われているそうだ。

 ドミニカのアカデミーでは例年、この時期は練習試合を重ね、6月から8月にかけてルーキーリーグとよばれるサマーリーグが行われる。そして結果を残せば米国に渡り、A、2A、3Aとステップアップを重ねていけば、その先にはメジャーの舞台が待っている。

「彼らはまだまだやるべきことがたくさんある。他の選手たちが満足に練習ができていないこの今の時期も、こうして練習ができることをチャンスだと思えるかどうかですね」

 ドミニカのルーキーリーグからメジャーまで這い上がれる選手はごく僅か。本間氏は、アメリカンドリームを実現すべく、強い太陽の日差しの下で練習を重ねている若き選手たちを支えるために、このコロナ禍の中でも、変わらぬサポートを続けている。(福岡吉央 / Yoshiteru Fukuoka)

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