「マネーボール・ドラフト」を振り返る ブラウン、バリントンなど

マイケル・ルイス著『マネーボール』で取り上げられた2002年のドラフトは、1巡目で指名されたザック・グレインキー、コール・ハメルズ、プリンス・フィルダー、2巡目指名のジョーイ・ボットー、ジョン・レスターなど、数多くのオールスター選手を輩出している。メジャーリーグ公式サイトのアンソニー・カストロビンスは、この「マネーボール・ドラフト」を関係者の発言をもとに振り返る特集記事を公開した。

『マネーボール』では、2002年のドラフトで7つの1巡目指名権を持つアスレチックスが伝統的なスカウティング方法を廃止してデータを重視するようになり、不確実性の多い高校生の指名を回避し、指名した最初の17人がすべて大学生だったことなどに焦点が当てられた。ジョン・ミラベリ(インディアンスのスカウト部長)は、アスレチックスがドラフトの一部始終を取材させ、出版を許可したことに驚いたという。

この「マネーボール・ドラフト」の主人公となったのが、アスレチックスに全体35位で指名されたジェレミー・ブラウンだ。7つの1巡目指名を持ちながら予算に制約のあるアスレチックスは、安価な契約金で獲得できる逸材の発掘を目指し、相場を100万ドル近く下回る契約金35万ドルでブラウンの獲得に成功。ブラウンはハイレベルな選球眼と長打力を兼ね備えながら、178センチ、102キロという不格好な体格により他球団が指名を敬遠した選手だった。

アスレチックスに全体16位で指名されたニック・スウィッシャーは、マイナー時代にブラウンのプレーを見て「コイツはメジャーリーガーになる」と確信したという。実際、ブラウンは2006年にメジャー昇格を果たし、5試合で10打数3安打を記録。しかし、AAA級でプレーした翌2007年が野球選手としての最後のシーズンとなった。

ルイスは「彼にプレーする気があれば、今でもメジャーで活躍していたかもしれない」と語る。ところが、『マネーボール』で必要以上に注目を浴び、野球を続けることに嫌気が差してしまった部分もあったようだ。「彼はどこへ行っても本について尋ねられていた。私のことを少し恨んでいたみたいだね」とルイスは語っている。

また、アスレチックスがデータ重視で獲得した7人の1巡目指名選手のうち、全体26位指名のジョン・マカーディ、同30位のベン・フリッツ、同37位のスティーブ・オーベンチェインの3人はメジャー昇格を果たせなかった。大学時代のマカーディは、スタッツだけを見れば素晴らしい打撃力を持った遊撃手だったが、ルイスいわく「フェンスまで79メートルの球場で82メートルのフライを打っていただけ」だったという。ルイスによると、アスレチックスはこの反省を生かし、翌年からは選手のスタッツを見る際に球場の影響を考慮するようになったようだ。

アスレチックスが大学生中心の指名を展開したこの年のドラフトは、高校生の有望株が非常に多かった。全体8位までに指名された8人のうち、実に7人が高校生。しかし、高額な契約金を用意できないパイレーツは、全体1位指名で大型高校生遊撃手のB・J・アップトンではなく、大学生右腕のブライアン・バリントンを指名するという安全策をとった。

ミラベリが「誰もが驚いたと思う」と振り返るこの指名だが、それはバリントンも例外ではない。インターネットがまだダイヤルアップ接続だったこの時代、バリントンは全体8位か9位まで指名が終わったところでようやくネットに接続でき、電話が掛かってきたことで自分がすでに指名されたことを把握。しかし、その電話の相手がパイレーツのデーブ・リトルフィールドGMであることに気付き、そこでようやく全体1位指名を受けたことを認識して大いに驚いたという。

メジャーでは大成できず、日本プロ野球での活躍を経て、現在はブリュワーズでスカウトを務めているバリントンだが、やはり全体1位指名のプレッシャーは大きかったようだ。「全体15位とか20位であれば、僕のキャリアはそれ相応だったんじゃないかな。(2002年のドラフトで起こったことは)まだ信じられないよ」とバリントン。リトルフィールドも「あの指名は成功とは言えなかった」と振り返り、「グレインキーを指名すべきだった」とも語っている。

他球団に目を移すと、メッツのスティーブ・フィリップスGMは、同じ高校の2人の投手(スコット・カズミアーとクリント・エバーツ)を高く評価。メッツは最初の指名が全体15位だったため、それまでにこの両投手が消えてしまうと考え、フィルダーよりも高い評価を与えていたスウィッシャーを指名する予定だったという。

ところが、エバーツは全体5位でエクスポズに指名されたものの、フィリップスの予想に反してカズミアーは全体14位までに指名されず、メッツはカズミアーの獲得に成功。フィリップスは「我々がスウィッシャーを指名しなかった唯一の理由は、カズミアーがまだ残っていたことだ」と語っている。なお、スウィッシャーは直後の全体16位でアスレチックスが指名した。

プロ入り後の成績だけを見れば、出塁率と長打力を重視したアスレチックスの戦略に最もマッチする存在は、レッズが2巡目(全体44位)で指名したボットーだろう。しかし、当時のボットーは高校生であり、大学生中心のドラフトを展開したアスレチックスの指名候補選手ではなかった。

ボットーは「あのときの自分は、今のようなパワーと選球眼のコンビネーションを持っていなかったと思う。まだ18歳で未熟だったからね」と当時を振り返る。「『マネーボール』には興味があるけど、(レッズではない)別のチームに入団していたら自分の才能を開花させることはできなかっただろう」とも話している。

今年のドラフトは日本時間6月11~12日に開催される。残念ながら5巡目までに縮小される形での開催となってしまったが、各球団は異例の状況のなかで未来のスーパースターを獲得すべく手を尽くしている。今年のドラフトではどんな物語が生まれるのだろうか。

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