龍さんの紙芝居

 その紙芝居は題名を「髪留(かみど)めがくれた命」という。長崎の被爆者、三田村静子さん(78)はもう30年ほど被爆者の話を聞き取り、台本にして、ほかの人に絵を描いてもらっている。作品数20を超える「平和の紙芝居」の一つが「髪留め-」で、10年くらい前に作られた▲原爆で黒焦げになった母親のそばに立ちすくむ少女の写真は、惨状を伝える1枚として知られる。旧陸軍カメラマンの故山端庸介(やまはたようすけ)さんが撮った。写真の女性、龍智江子(りゅうちえこ)さんが住む福岡県大川市へと三田村さんは4回通い、“肉声”を「髪留め-」に込めた▲龍さんは今月15日、90歳で亡くなった。つい先日、三田村さんに見せてもらった紙芝居で「写真」の場面はこう語られる。母の遺体に〈べっ甲の小さな鬢止(びんど)めが頭に突き刺さるようにして残っていたのです〉▲初めてもらった給料で母に贈った髪留めだった。紙芝居の独白にある。〈母の姿を見ても悲しいとかじゃなくて、自分自身 何か魂の抜けたような…ただもう うつろな感じで…〉▲酸鼻の極みを目の前にして「感情を失ったのでしょう」と三田村さんは言う。紙芝居ができて、これで身に起きたことが「いつまでも残る」と龍さんはしみじみ語ったという▲龍さんから三田村さんへ、そして私たちへ。いつまでも残す、その営みを絶やすまい。(徹)


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