豪雨から住宅を守るには?「浸水しない家」「浮く家」登場 専門家「逃げ遅れを減らし復興も早める」

豪雨の影響で冠水した福岡県久留米市城島町周辺。右は筑後川=7月8日(共同通信社ヘリから)

 台風による豪雨やそれに伴う河川の氾濫などで住宅が浸水するケースが後を絶たない。どうすれば被害を防げるだろうか。河川の改修や堤防、貯水施設の整備など水害を防ぐさまざまな方策がある中、いわば「逆転の発想」で生まれた家がこのほど登場した。建物自体の水密性を高めた「浸水しない家」、周りの水位が上がってくると浮揚する「浮く家」だ。「建物の性能向上と従来の都市計画による防災を組み合わせれば、逃げ遅れによる犠牲が減って早い復興にもつながる」と専門家も期待を寄せ、官民連携で研究開発が進む。(共同通信=永井なずな)

 ▽無傷

 一見すると同じような木造2階建て住宅が2棟並んでいる。そこに景色がかすむほどの猛烈な雨が降りだすと、そのうちの1棟では1階の居間のソファやテーブルが茶色い水にのみ込まれ、浴室や洗面所の排水管からは逆流した水があふれ出た。もう1棟の室内は、降雨前と少しも様子が変わらなかった―。

人工的に豪雨を再現した実験の様子。右が耐水害住宅=2019年10月、茨城県つくば市の防災科学技術研究所(一条工務店提供)

 住宅メーカーの一条工務店(東京)は昨年10月、国立研究開発法人防災科学技術研究所(茨城県つくば市)と共同で、室内の浸水を防ぐ設計の「耐水害住宅」と、対策していない一般的な住宅を比べる洪水実験を実施した。人工的に大雨を再現できる防災科研の施設に大きなプールを置き、内部に2棟を並べた。

 川が氾濫したことを想定し、流水を秒速1メートル強に設定。2014年8月に発生した広島土砂災害の豪雨に匹敵する毎時180ミリの雨など、最大毎時300ミリを降らせた。1時間半の降雨で、家の周囲の水位は1・3メートルに達した。結果は、普通の住宅内が屋外の水深と同じ程度浸水したのに対し、耐水害住宅に被害はなかった。

 ▽3メートルの浸水にも耐える

 「災害から身を守る新たな手段として、人々の選択肢の一つになればうれしい」。一条工務店グループの津川武治(つがわ・たけはる)広報担当は力を込める。同社は、茨城県の鬼怒川堤防が決壊し市街地が広範囲に浸水した15年の関東・東北豪雨などを踏まえ、水害に強い家を造るプロジェクトを同年に始動。西日本豪雨(18年)などの被災地を視察し、周囲の水位が最大3メートルに及ぶ実験で検証を重ねた。

人工的な豪雨による実験で、耐水害住宅(上)では浸水を防いだが、通常の住宅では浴室や洗面所の配水管から逆流した水が噴き出した(一条工務店提供)

 強化ガラスを使った3層の分厚い窓ガラスを取り付け、新たに開発した防水材などで外壁と基礎の隙間を補強した。玄関のドアは、自動車のドアに使われるゴムパッキンの技術を応用し、外から水が流れ込まない構造にした。エアコンの室外機や太陽光発電に使うパワーコンディショナーは1・5メートルの高さに配置し、浸水による故障や漏電を回避。排水管には逆流を防ぐ特殊な弁を設置した。

 これとは別に、周囲の水の深さが人の背丈を超すような場合、浮力で建物が持ち上がり、水没を防ぐ設計の住宅も開発。敷地の四隅と住宅をダンパーでつなぎ、係留する船のように浮き上がせる仕組みだ。「良い技術は、普及してこそ意味がある」と津川さん。施工面積35坪の場合、従来の新築住宅に比べ、「浸水しない家」がプラス40万円程度、「浮く家」が同100万円程度に価格を抑えた。防災の日に当たる9月1日に発売を開始。既に問い合わせが寄せられているという。

実験用のプールで浮き上がっている家(手前)と水没している家(左奥)=茨城県つくば市の防災科学技術研究所(一条工務店提供)

 ▽可能性

 住宅が床上浸水すると、床や壁、断熱材を剝がして取り換える必要がある。水を吸った畳は重く、運び出しも重労働だ。排水管から泥水や汚水が流入すれば、掃除しても臭いが落ちない場合もあるなど、復旧には日数や費用がかかり、「避難所生活が長引いて、気持ちが疲れた」(西日本豪雨の被災者)と感じる人は少なくない。

 防災科研の酒井直樹(さかい・なおき)主任研究員(地盤工学)は「経験のない豪雨が局所的に降るケースが近年頻発している。そのため、これまでの河川の排水機能では対応できない事態が生じやすくなっている」と分析。建造物の性能について、「地震の場合は国の耐震基準があるが、水害は基準がない。大昔から繰り返されてきた地震に比べ、近年被害が深刻化した水害は、対策が追いついていないのが現状だ」と語る。

防災科学技術研究所の酒井直樹主任研究員

 1階部分を駐車場スペースにして浸水に備えたり床下を水密にしたりといった多様な構造が対策に考えられるといい、酒井氏は「すぐに逃げられない人がいる高齢者施設や、浸水すると故障してしまう医療精密機器がある病院といった施設での導入は、特に有効だ」と期待する。他方、現状では堤防の決壊による激流や倒壊した木々や車の衝突などは防ぐのが難しく、今後の課題になると指摘している。

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