『消えたママ友』野原広子著 本音の先を静かに描く

 結婚してー。と口には出すものの棒読みすぎてオーディションなら不合格。残念ながら私はアニーにも嫁にもなれないだろう。なぜそれに気付いたかというと、本書を手にしたから。

 奥様たちの支持率半端ない有名雑誌「レタスクラブ」に連載されていたこのマンガ。「消えたママ友」というタイトルの通り、物語はひとりの女性、有紀が忽然と姿を消すところから始まる。その噂は瞬く間に広がり、彼女のママ友だった春香、ヨリコ、友子は突然の出来事に動揺を隠せない。

 しかし実はそれぞれ、有紀の言動から不穏な予兆を捉えていたことに気付く。

 「あ、いま、なにか思い出した」「あれは数ヶ月前」「有紀ちゃん」「あれ、友達の話じゃなかったの?」……。そして彼女たちの事情が、徐々に浮き彫りになっていく。

 一見、素朴なタッチで描かれた可愛らしいマンガのようだが、そのシンプルさとは裏腹に、描かれている感情は可愛いとは言いがたく、人間関係は複雑だ。そんな彼女たちの怒りも嫉妬も不信感も残酷さも目を背けず、予定調和で片付けることなく表している。またその感情を抱く経緯や背景も過不足なく描き切っているところに感服する。多くを語らないのにきちっと伝わる編集力はマンガというより映像作品を観ているようだ。だから読者は誰ひとりおいてけぼりにされずに、みんな一緒に手に汗握れる。

 それにしても、です。「『レタスクラブ』連載で大反響を呼んだ話題作」って奥様どんだけ現実きついのよ。消えた有紀ちゃんにどんだけ自分重ねてるの。でもまあ、そうよね、だって「合わないんで、体調崩したんで、違う世界も見てみたいんで退職しまーす」ってわけにはいかないんでしょ結婚生活って。「離婚は結婚の三倍大変(当社比)」とかよく言うもんね。え、てことは40歳で悲願の初優勝=入籍した場合、やっぱ嫌になって離婚するの、120歳までかかるってこと?え来世?

 なーんてしょうもないこと考えながらふと気付く。多分私は、仕事とは違う「引き返せなさ」が怖いんだな、結婚。いや、ほんとは引き返せないことないんだろうけど、「ある日突然会社に来なくなった同僚の有紀ちゃんの物語」と本作とだと、なにかが決定的に違いすぎる。

 一生付き合わなきゃいけないものは、極力少ない方がラク。旦那への感謝も子供かわいいも姑の手助けもマイホームもご近所もママ友も見栄も世間体も責任も、全部かなぐり捨てたところにある、本音のその先を静かに描いた作品だ。読みながら気付いてしまった、自分の感情にゾッとする。

(KADOKAWA 1100円+税)=アリー・マントワネット

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