夜のとばりが降り始めるころ、店の新しい顔となった提灯(ちょうちん)に灯がともる。
もとは落ち着いた雰囲気のバー。常連客が静かにグラスを傾ける、粋な大人の社交場だった。しかしコロナ禍による自粛要請で街から人は消え、スタッフは一人ぽつんと宙を眺めて過ごす日々が続いた。
「このままではやばい」。店を人に貸す選択肢もあったが、店主の井上叔明さんは、この店だけは閉めたくないと、方向転換を決意。入り口に提灯を下げ、気軽に入りやすい立ち飲み居酒屋スタイルへ。自慢のカウンターは半分を切断し、看板に作り直した。料理を提供するため、経営担当だった自身も厨房(ちゅうぼう)に入るようになった。
翌日から提灯効果は表れ始めた。客単価は下がったが新規客が増え、売り上げはV字回復。取り急ぎ開発したモツ煮は今や人気の定番メニューだ。
「足りないものに気付かない限り、どん底からははい上がれない。もう一度店を知ってもらうところからやり直さなければ」
店を続ける意味を考える機会になった「コロナ禍」。井上さんは改めて、飲食店のやりがいを感じている。