学問の危機

 元々は〈幕府に雇われて歴史書の編纂(さん)など学術研究をおこなっていた者〉を指す「御用学者」が否定的なニュアンスの言葉になったのはいつ頃なのだろう。手元の辞書にも〈学問的節操を守らず、権力に迎合・追随する学者〉と痛烈な語義がある▲会員の任命を巡る政府の対応が論議を呼んでいる「日本学術会議」を後者の意味で御用学者呼ばわりする意図がないことは最初に強調しておきたい。ただ、この事態は「学問の自由の危機」と考えるべきなのだろうか▲任命拒否が対象者の過去の発言や研究の何かを敵視した結果だとしたら、政府の姿勢は非難されて当然だ。良薬は口に苦く、真摯(しんし)な忠告は耳の痛いもの-と昔から決まっている▲発足から間もない新政権が度量の狭さをいきなり発揮しているのは嘆かわしい限りだ。要領を得ない説明が続く。先が思いやられる▲だが、何かの理由で政府や政治に選別されたとしても、研究業績の知の輝きが失われるわけではないし、萎縮する必要もない。なのに「選別」と「萎縮」をまるで必然のように直結して考えてしまう思考回路にも学問の危機は潜んでいないか▲無い物ねだりを承知で考える。「拒否で結構。行儀のいい御用学者などこちらから願い下げだ」と誰か啖呵(たんか)を切ってくれたら、どんなに痛快だろう。(智)


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