「人々に連帯を」ジャシンダ・アーダーン ニュージーランド首相 【世界で活躍する女性政治家たち】

こんにちは!NO YOUTH NO JAPAN です!

私たちは若い世代から参加型デモクラシーを根付かせるために、政治や社会について分かりやすく発信しています。

本連載「WOMEN IN POLITICS 〜世界で活躍する女性政治家たち〜」では毎回、政治を舞台に活躍する女性を紹介しています。世界全体でも3割に満たないと言われる女性の政治家。まだまだ十分に男女平等が達成されない世界の中でも、「女性」という枠にとらわれず、社会を引っ張っていく政治家たちの知られざる素顔に迫ります。一主権者として、自らの代弁者となる政治家をどのように選んでゆくべきなのか。政治に関わる一人ひとりの人間の思いを知り、政治について、政治参画について、考えるきっかけを提供していきます。

2回目の今回取り上げるのは、10月に2期目の選挙で再選を目指すニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相。新型コロナウイルスへの迅速な対応で国内外から高い評価をうけ、今最も注目されている女性政治家のひとりです。37歳という若さで国のリーダーとなり、昨年は世界で初めて首相在任中に産休を取得したことでも話題となりました。

未だ女性の首相が誕生していない日本とは対照的なニュージーランド。本記事では、アーダーン首相の政治と国民に向き合う姿勢や、選挙を間近に控え、盛り上がりを見せるニュージーランドの現地の若者の声を紹介します。

多感な幼少期を過ごした環境が、政治家としての原点に。学生時代はディベートに熱中。

「家庭を築きながらその職に就くことがどれだけ大変か、わかっているから。」

ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン現首相は、もともと首相になりたいとは思っていなかったといいます。しかし、2017年の秋、その役は彼女のもとにやってくることに。世界で初めて女性参政権を獲得(1893年)したニュージーランドで、3人目の女性首相となったのです。

1980年にニュージーランドのハミルトンで生まれ、5歳の時に北部のムルパラへ移住。決して裕福な地域ではなく、家が警察署の前にあったことからも貧困や暴力、不平等を間近で感じる幼少期を過ごしました。ムルパラは先住民族のマオリが多く住む地域で、彼女の学校のクラスメートもほとんどがマオリでした。のちに彼女は幼少期の多感な時期をこのような環境で過ごしたことが、政治家としての自身を形成したと振り返っています。

学生時代には討論大会やスピーチ大会に積極的に参加し、次第に政治家としての頭角を現し始めます。今でこそ世界中から注目を浴びる彼女も、学生時代の献身的な活動ぶりに、周囲からは退屈なただの議論オタクだと思われていたそうです。大学を卒業後の2001年に労働党議員の下で仕事を始め、2008年に当時の最年少国会議員として労働党(Labour)から初当選。それからわずか9年後の2017年には野党労働党の党首となり、同年、首相に選出されました。

働く女性たちに、新たな常識を示す。

首相就任が決まってから6日後、妊娠をしていることが判明。2018年6月に第一子となる女児を出産しました。首相の在任中の出産はニュージーランドでは初めてのこと。国中がお祭り騒ぎとなり、新しい命の誕生を祝福しました。妊娠公表時、大変な首相の職務を両立できるのかと懸念していた野党の人たちも、この時ばかりは政治的な意見の違いを脇に置き、無事の出産を願っていたといいます。

その後、6週間の産休を経て、公務に復帰。国会審議中や国連総会に生後間もない娘を連れて出席し、授乳する姿も、メディアに取り上げられて話題になりました。働きながら、子育てしながら、一国のリーダーになることももはや夢物語ではない。政治の世界に女性が進出したことで、多くの人が新しい常識を目の当たりにすることができたのです。

誰一人取り残さない。希望を与え、現実を見失わない政治姿勢

政治家としての彼女の強みは、「声なき声を代表する」能力だと言われています。このことが常に当たり前の彼女にとって、選挙運動中には候補者である自分の話をほとんどしていないことも。自分の功績を語るよりも自分が何を人々のために約束できるかに重点を置く、これが、政治家としての彼女の姿なのです。

そのことは、彼女が就任3年間に成し遂げた政策にも見て取れます。給料を支払った上での産休育休の導入、貧困地域に住む子供たちのために昼食を無料で提供、国全体で使い捨てプラスチック袋を使用禁止にするなど、未来志向で革新的、そして弱者に寄り添った政策の数々が並びます。人々の生活を良い方向へ変えていきたいという彼女の想いは、現状維持ではなく、変化を優先しているのです。

しかし常に理想を見続けている訳でもないのが彼女の政治手腕です。難しい政治判断を迫られた時はより実を取ると言われます。それが顕著に現れたのは、コロナ対策におけるリーダーシップでした。専門家の意見や国民生活を考慮し、3月中に全土のロックダウンを決定。経済活動の縮小を憂慮するよりも国民の安全を優先したことで、結果として感染拡大を防ぐことに成功したと言われています。

2019年には、51人が死亡し、ニュージーランド史上最悪と言われたクライストチャーチでのイスラム教モスク襲撃事件が起こりました。移民や難民が多く住む地域で移民排斥思想を持った極右白人主義者による犯行はニュージーランド全土だけでなく、世界中を震撼させました。しかしアーダーン首相は毅然と現実に向き合い、国民に連帯を呼びかけ続けました。犯人に対しては「差別や恐怖をもたらす相手にドアは開かれない」と厳しい態度で批判し、差別や偏見を決して許さない姿勢を示したのです。事件後初めて開かれた議会ではアラビア語で祈りを捧げるなど、大切な人を失ったイスラム系移民の遺族にも寄り添う姿勢を見せました。

対抗馬も女性、盛り上がる現地のU30にインタビュー

10月17日に行われる予定の総選挙では、アーダーン首相の1期目の政権運営が問われることになりそうです。主要な争点としては、未だ収束の見えない新型コロナウイルス感染拡大にどう対処していくのか、という点です。ニュージーランドではLabour(労働党)とNational(国民党)が交互に政権を取り合う二大政党制が続いており、今回は対抗馬となる野党国民党(National)の党首も女性(ジュディス・コリンズ氏)。コロナ対策においても経済を重視することでアーダーン首相率いる労働党との違いを強調しています。早期にロックダウンをしたアーダーン首相のコロナ対策には「やりすぎではないか」との声も少なくなく、国内では国民党(National)を支持する傾向もあります。

投票率が常に7割を超えるニュージーランドの選挙ですが、若者の投票率は他の世代に比べて20%ほど低いのが現状。その差を解消するために、”Don’t be a vote ghost” キャンペーン(投票に行かないおばけになるな)が行われています。YouTube(動画配信サービス)やSpotify(音楽アプリ)のネット広告だけでなく、今年の選挙で初めて有権者になった人に向けた選挙権を得るための登録方法を教えてくれる広告が街の中にも溢れているようです。

NO YOUTH NO JAPANでは、実際に現地に住むニュージーランドのU30にアーダーン首相や今回の選挙についてインタビューしてみました*(17歳、女性)。すると、アーダーン首相については「メインの政策は支持する」「女性であることからか、国民や世界中の人々に語りかける力に優れていると感じる」「(アーダーン首相の)論理的かつ冷静で力強いメッセージは国民を説得させるのに必要な要素だと思う」と話し、コロナ対策に関しても「専門外のことについては専門家の意見を十二分に尊重して聞き、国のための判断ができるリーダー」と評価していました。また、選挙に関しては「投票に行けと言われて行くものでもない」としつつ、「最近は若者でも気軽にSNSを通じて外の世界を知ることができ、問題意識は持ちやすいのでは。それが投票行為につながれば。」とも話しました。

  • 本インタビューは、コロナウイルスの感染拡大以前より現地在住のメンバーが行いました

「公平さ」のレンズを通して世界を見たい

どんな困難な状況にあっても、国民への慈愛の心を忘れない。強く、優しいメッセージでニュージーランドに住む人々に連帯を促し、一緒に困難を乗り越えようとする。クライストチャーチの襲撃事件や今回のコロナ禍での彼女の一連の対応から浮かび上がってきたのは、先頭に立って引っ張るだけのリーダーではなく、声なき声を丁寧にすくいあげ、ともに良くしていこうとする新たなリーダー像でした。幼少期を過ごした環境で社会の理不尽を目の当たりにしたことが、今にどう生きているのか。自身はこう語ります。

「私は世界を政治というレンズを通して眺めたことはありません。多くの場合で今もそうです。その代わりに私は、子供や人々、そしてもっとも基本的な概念である公平さというレンズを通して世界を見るようにしています」

政治とはなんのためにあるのか、誰のためにあるのか。常識を打ち破りながらも根本的な信条は決して曲げない。彼女なりの目指す政治家像が、このひとことにも表れていると思いませんか。

 

NO YOUTH NO JAPANでは、これからも様々な入り口から政治と若者をつなげていく活動をしていきます。

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参考:Madeleine Chapman, 2020, JACINDA ARDAERN  A NEW KIND OF LEADER. Nero, an imprint of Schwartz Books Pty Ltd.

NHK政治マガジン「男に何も与えない 名前もだ」(2020年9月28日閲覧)https://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/15612.html

BBC News Japan 「ニュージーランド首相、妊娠を公表『2017年はすごい年だと思っていたら』」(2020年9月30日閲覧)https://www.bbc.com/japanese/42742809

BBC News Japan「NZモスク乱射事件、被告が51人殺害で有罪を認める」https://www.bbc.com/japanese/52045425

(文=宮坂奈津、安澤朱織)

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