「勝敗がすべてではない」広澤克実理事長に聞くポニーリーグが目指す在り方

広澤克実・日本ポニーベースボール協会理事長【写真:細野能功】

投球数リミット、国際標準バットなどを導入した「SUPER PONY ACTION」を制定

10月26日、2020年のプロ野球ドラフト会議が行われる。この日、ドラフト指名を受け、子どもの頃に夢見たプロ野球選手として一歩を踏み出す選手もいれば、指名されずに来年以降のプロ入りを目指す選手もいる。一方、プロ野球選手を目指しながらも、故障が原因で野球を諦めなければならなかった子どもたちも多くいる。一人でも多くの子どもたちが夢を追い続けられるよう、今、アンダー世代の指導現場では球数制限導入など、子どもたちを防げる故障から守ろうという動きが活発になってきた。

その中でも、積極的な改革に取り組んでいるのが、日本ポニーベースボール協会(ポニーリーグ)だ。昨年発表された独自の取り組み「SUPER PONY ACTION 2020」では、投球数にリミットを設定、変化球禁止、低反発で木製バットの打感に近い国際標準バット(USAバット)、怒声罵声に対するイエローカードの掲出などを導入。「Protect Our Nation’s Youth(国の宝である青少年の成長を守る)」という理念の下、子どもたちの安全を確保し、野球を通じた成長を促すことを大前提に活動を行っている。

球界に一石を投じる動きに至った背景について、現役時代はヤクルト、巨人、阪神で活躍し、通算306本塁打を放った広澤克実・日本ポニーベースボール協会理事長に話を聞いた。根性論が全盛期に育った広澤理事長は「時代は変わりました」と、過去から脱却し、現代の価値観に合った育成の在り方について語ってくれた。

◇ ◇ ◇

――ポニーリーグで画期的な試み「SUPER PONY ACTION」を実施することになった背景は。

「ポニーリーグのコンセプトにある『青少年の成長を見守る』という理念に立って、子どもたちのことを考えた時に、いかに子どもたちを防げる怪我、危険から守ってあげられるか(が大事)。一番多いのが肘、肩の故障ですね。これはやはり改善できるのではないか。そういう観点から投球数リミットを設けました。

同時に、他(リーグの)チームの話ですが、百数十人も選手がいて、ベンチのまま試合に出れない子どももいる。野球は試合をして覚えること、試合をできる環境を作って出場する機会を均等に与えることが大事。その中から高校へ行って甲子園を目指す人も、もちろんどうぞと歓迎するし、プロ野球を目指す人もいるでしょう。

我々ポニーリーグは通過点の期間なので、子どもたちをいかに守りながら、次のステップで健康に野球をできる環境を作って送り出せるか。これが僕らの役割じゃないかな、と。その観点からのルール作りだと思っています。『SUPER PONY ACTION』は徐々に取り入れて、すでにいろいろな場所で実施されています。一気に(導入)というのは難しいので、いろいろな準備はありましたね」

「時代は変わりました」「時代に合った、子供たちに合った教育を進めていくべき」

――子どもたちを怪我や障害から守るべきだと実感した出来事や経験があればお聞かせください。

「我々の世代はそもそも『水を飲むな』という世代です。水を飲んだだけで、当時の指導者からぶん殴られる。何しろ『走れ、走れ』の時代だったんです。でも、時代は変わりました。かつての野球全盛期にはチームに子どもが80人入っても(怪我などで)ポロポロと辞めて残るのは20数人でした。

今回、投球数リミットを作ったのも、肘の故障予防としてアメリカで作られたレギュレーションを取り入れています。アメリカには数多い手術例、データが出ている。ポニーリーグでは、アメリカで安全だとされる投球数の7、8割の数でやっています。その方が、さらに安全なので。

危険なものとして、バットにも注目しました。日本で使われている金属バットの性能は相当いいです。でも、子どもたちがその打球をライナーで受けたらどうなるのか、という疑問はありました。ポニーリーグ協会専務理事の那須さんと話し合って、我々は飛ばないバット(国際標準バット)を使って子どもたちに少しでも危険が及ばないようにしよう、という努力もしました。まだまだ至らないところもあるかもしれませんが。

大会を見ても、通常のトーナメントの場合、1回戦で敗れると1回しか試合ができない。でも、ポニーリーグでは負けたチーム同士で試合をしています。勝ち上がって優勝するチームが4回くらい試合をする場合、1回戦で負けたチームも3、4試合はできる。試合をして野球を覚えることが大事です。野球というツールは人間形成に役立つものだと思っています。人間はどんな時期に成長するかわからない。だからこそ、試合を通じて野球を楽しんでほしいと思います」

――子どもを成長させる上で大人たちが果たすべき役割について、お考えがあればお聞かせください。

「ポニーリーグの選手の親は30代、40代が多いと思いますが、どうしても(勝ち負けにこだわって)感情的になりがちです。『それは違うんだよ』という姿勢を見せていくのが、我々の役割だと思っています。協会として、監督、コーチにも『勝ち負けがすべてではない』ということを強く申し上げていますし、時代に合った、子供たちに合った教育を進めていくべき。チームに入った当初、中学1年生の頃と、3年生になった時の保護者の皆さんではだいぶ考え方が変わってきています。ぜひ我々の理念を知っていただきたいですね」

「あの金本の打球が甲子園の浜風で押し戻されたのに、今では高校生がホームラン」

――投球数リミットに対する広澤さんのご意見は。

「9回投げたいという子も、もしかするといるかもしれない。ただ、ポニーリーグはどういう理念で活動しているか、子どもたちもよく分かってきて、理解はしている。君たちのためなんだ、という思いは伝わっていると思います」

――反発係数が低い、いわゆる“飛ばないバット”と言われる国際標準バットを取り入れることで、どんな変化を期待していますか。

「僕は(国際標準バットで)打ったことはありませんが、明らかに打球が飛ばないのは、見ればよく分かります。アメリカでもピッチャーにライナーが直撃するなど数々の事故が起こり、その観点から生まれたバット。中学1年生だけど早生まれで13歳になってない子と、中学3年で4月生まれの子になると、とんでもない体力の差があるんです。打球の速さも違う中で一緒にプレーする危険性というのを、私も感じる。

同時に、先っぽに当たっても、詰まらされても、ボールが飛んでいってしまうバットを使い続けていて、バッターとしての成長はあるのか。ピッチャーはどこに投げても打たれちゃうんで、何をするかというと変化球を投げますよね。プロ野球選手が投げている変化球を真似して。でも、真っ直ぐで打ち取れれば、もっと真っすぐを投げるはず。なので、新しいバットを取り入れたというよりも、従来の芯で打たないと飛ばないバットに戻したというのが、正しい言い方なのかもしれないですね。

僕が阪神で打撃コーチをしていた時、金本(知憲)がですよ、あの金本の打球が甲子園の浜風で押し戻されたのに、今では右打ちの高校生がライトにホームランを打ってしまう。タイガース歴代の左バッターの打球が、あの浜風に戻されるのに、高校球児がどんどんホームランにしてしまう。でも、プロに入ってくると打てないわけですから」

ポニーリーグは通過点「怪我をさせたり、心に傷をつくるようなことは絶対したくありません」

――「SUPER PONY ACTION」では、怒声や罵声が伴う指導や応援にイエローカードが与えられます。

「導入を決めた協会の会議に、僕も出席していました。抑止力というか、お父さんやお母さん、監督・コーチも含めて、怒鳴りそうになる前に、一瞬『うっ……!』となればいい。罰則を与えるわけではありません。ここまで何試合、イエローカードを導入してからやりましたが、まだ誰ももらっていません。コロナ禍もあり、応援や指導で大声を出さないこともありますが、今年8月にブロンコの試合をやった時は、皆さん守ってくれていました」

――指導者、コーチはどのようなアプローチで子どもたちと接するべきだとお考えですか。

「野球は青少年を育てるための、非常にいいツールです。道具を大事にする、挨拶をする、感謝する、ということは教えていってほしいですね。野球というスポーツは他のスポーツと違って、打てばすごく目立つし、反対にエラーなどミスをしても、すごく目立つスポーツなんです。だから、いかにチームメートがミスをした時に仲間が肩を叩いてあげられるか、を教えてあげてほしいですね。いいことばかりではないので、他人の痛みを知ることも非常に大事なことなのかなと思います」

――最後に、つい厳しい指導をしてしまう方にアドバイスを。

「大会があると、こんなデカイ身体ですがコソコソとベンチ裏に行って、壁の向こうから指導者の話を聞きにいくんです。でも、今のところポニーリーグには誰一人厳しい指導者はいないですね。もしかしたら、こんなデカイ身体なんで見られちゃっているのかもしれませんが(笑)。

掛ける声には、声援、アドバイス、確認と、3種類ありますが、大体僕が掛けるのはアドバイスと確認の声ですね。ポニーリーグの理事長という立場もあるので、他のリーグや連盟、まして高校生の指導者に、何かを要求する立場ではありません。ただ、我々はこういう指導をしていますということしかできないですよね。

我々は、子どもたちを次のステージに送り出す“通過点”だと思っています。ただし、怪我をさせたり、言葉の暴力やハラスメントなどで心に傷をつくるようなことは絶対したくありません。本当にいい中学生活を送り、いいポニーリーガーとして、高校生になってほしい。今、願うのはそのことだけですね。これからも、ポニーリーグに入ってよかったと言われる環境作りを進めていきたいと思います」(細野能功 / Yoshinori Hosono)

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