世帯所得730万円の壁はどうなる?不妊治療保険適用の議論ポイントと賛否の声

政府が実現化に向けて動いている不妊治療の公的医療保険適用。子どもが欲しくても、なかなか授かることができないカップルを中心に、世間の大きな注目を集めています。

実は、今でも不妊治療における特定の検査や治療には保険が適用されています。さらに、所得などの条件はあるものの治療費の助成を受けることもできます。

今回は、政府が進めようとしている不妊治療の保険適用について。議論のポイントや課題、そしてネット上の意見などを紹介します。


早ければ2020年に保険適用?

少子化対策の観点から、菅政権で本格的に始まった不妊治療の保険適用化の議論。政府としてはとにかく、「お金がかかるから無理だ」と不妊治療を諦める人を減らしたい考えです。

そこで議論されているのが、保険を適用する治療法と対象者の拡大です。それまでは現行の助成制度を拡充し、所得制限の緩和や助成金の増額などで対応することが検討されています。そして、早ければ2022年度からの保険適用の実現化を目指すということです。

実は、一般的な不妊治療検査はすでに保険適用されています。ところが、次のステップとなる、人工授精や体外受精などの高額な生殖補助医療が対象外なのです。よりお金がかかる方に保険が適用されていないことに、「経済的負担が大きい」という声が上がっていました。

不妊治療は平均約200万円⁉

現在保険が適用されている一般的な不妊治療は、わかりやすく言うと、男女ともに正常な妊娠に至るまでの検査や薬物治療のこと。一方で、今議論されている生殖補助医療とは、高度な医療技術を必要とする人工授精や体外受精、顕微授精などを指します。

人工授精以外は採卵や採精、胚移植など数多くの工程が必要となるため、治療費は高額になります。医療機関によってさまざまですが、内閣府の発表では1回の治療につき人工授精は平均約1万円~3万円、体外受精や顕微授精は平均約30万円~40万円に上ります。

Webメディア「妊活ボイス」が不妊治療経験者を対象に2017年10月に行った調査によると、高度不妊治療(体外受精・顕微授精)にかかった費用は平均で約193万円でした。300万円以上かかった人も約6人に1人(16.1%)という結果になりました。

保険適用に制限は必要か?ネット上の意見

そのため、保険適用の拡大に多くの人から賛同の声があがっています。一方で、ネット上で特に多く目立つのは年齢制限や婚姻など、一定の条件を課すべきという意見です。

「妊娠する確率が極めて低い40代後半になっても、延々と不妊治療ができてしまう。社会保障費の無駄使いではないか」
「高齢出産が増えれば、障害のある子どもも増える可能性も大きい。年齢制限を設けないなら、そのケアやサポート体制も同時に整えるべき」

「法的に結婚して子育て環境の整った家庭のみに限定しないと、子どもが生まれたとしても虐待や育児放棄が増えるだけでは?」
「愛人や不倫カップルでも適用されるだろうし、不正も増えそう」
「保険適用化によって“子どもを授かって当たり前”という風潮は起きないでほしい。子どもを諦めた先の幸せな人生もある」

Twitterで不妊治療の保険適用化に関するニュースに言及している人の投稿を見てみると、このように高齢出産や事実婚カップルも対象とするという意見に対し、批判的な声も多くありました。また、筆者の周囲で今まさに不妊治療を行っている人は喜びの反面、一定の条件や線引きの必要性も感じていました。

所得制限撤廃は不平等?

一方で、所得制限を緩和、撤廃することについては概ね賛成の意見が多いようです。

「産んだ後のほうがよっぽどお金がかかる。所得制限撤廃はすべき。そもそも所得が上がらないことには『子どもを産み育てよう』という人は増えない」

もちろん、「年収3000万円の人が年収300万円の人と同じように保険適用されるのは不平等では?」という指摘もありました。

現在、不妊治療への助成を受けられるのは夫婦合算ベースで730万円という所得制限があります。不妊治療を行う人の多くが30代、40代で、共働き夫婦が増えていることを考えると、特に東京など都市部では所得制限を簡単に超えてしまいます。

それにも関わらず、助成を受けるのに730万円の壁があることにはこれまでも疑問の声がありました。東京都では2019年4月1日以降に開始した治療については所得制限を引き上げています。社会の収入格差は拡大する中、所得制限は完全撤廃ではなく、上限を引き上げる必要があるのではないでしょうか。

現行の助成制度の問題点は

政府は現在、「不妊に悩む方への特定治療支援事業」として不妊治療に要する費用の一部の助成も行っています。対象となるのは体外受精と顕微授精で、1回の治療につき15万円、初回の治療については30万円の助成を受けることが可能です。

しかし、この助成には条件があり、対象外となってしまう人は少なくありません。まず、対象は妊娠の可能性が極めて低いと医師に診断され、婚姻をしており、治療期間の初日の妻の年齢が43歳未満である夫婦。つまり、結婚をしていないカップルや事実婚のカップル、妻の年齢が43歳以上である夫婦は対象外となっているのです。さらに、先ほど述べた所得制限もあります。

また、助成は何度も受けられるわけではなく、通算助成回数には制限があります。初めて女性を受けて治療を受けたときの妻の年齢が40歳未満なら6回まで、40歳以上だと通算3回まで。この回数を超えれば、それ以降の体外受精や顕微授精はすべて自費となってしまいます。

不妊治療者への理解や社会のサポートも必要不可欠

不妊治療の保険適用化について連日のように報道される中、不妊治療経験者からは「『不妊治療をしている』と周囲に言いづらいことも問題。体調や治療スケジュールの都合で休みが増え、結果的に辞めるしかなかった。仕事と治療の両立ができる体制作りが必要不可欠」という声も上がります。

治療費さえ捻出できればいい、産んだら終わり、ということではなく、不妊治療中のケアやサポート、そして産んでからの子育て環境や教育費用の改善も政府には期待したいところです。

今、政府は不妊治療の保険適用化に向けてスピード感をもって推し進めています。

日本産婦人科学会まとめによると、2018年に不妊治療の体外受精によって誕生した子どもは過去最多となる5万6979人。総出生数91万8400人と比較すると、新生児16人に1人の割合となります。保険が適用されていない状態でこの数ですから、今後保険が適用されればさらに多くの子どもが誕生する期待は高まります。

治療や対象者をどのくらい拡大していくのか、合わせて、不妊治療者を巡る環境や社会のサポートがどのように変わっていくのか。今後の動きに注目していきましょう。

© 株式会社マネーフォワード