【中野信治のF1分析第12戦】躍動するガスリー。リヤ重視のスタイルとフェルスタッペンとの乗り方の違い

 王者メルセデスに対して、対抗馬最右翼のレッドブル・ホンダはどのような戦いを見せるのかが注目される2020年のF1。レースの注目点、そしてドライバーやチームの心理状況やその時の背景を元F1ドライバーで現役チーム監督を務める中野信治氏が深く掘り下げてお伝えする。第12戦ポルトガルGPは大きなうねりや難しいコーナーが特徴的な初開催コース。ここで躍動したキミ・ライコネン、そしてピエール・ガスリーにフォーカス。中野氏が解説するガスリーとマックス・フェルスタッペンのドライビングの違いは、まさに必見です。

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 F1第12戦ポルトガルGPが開催されたアルガルベ・インターナショナル・サーキットの印象ですが、ドライバー目線で『走ってみたくなる』、面白そうなサーキットですね。そう思わされるのは、コースのアップダウンのうねりであったり、レース中もかなりトラックリミットの警告がありましたが、今の流行りなのか、縁石が低めで外側までグリーンの部分があり、結構走行ラインをワイドに取れるので、乗っている側にとっては気持ちよく走ることができます。ドライバーが攻めたくなる気分にさせてくれますね。

 コース幅が広くてラインの自由度も高そうで、ドライバーによってラインがまちまちでした。F1開催が初めてということもあると思うのですが、ドライバーもいろいろなラインを試しながら、徐々にペースアップをしていたなという印象です。

 ただ、うねりのなかでコーナーも連続しているので、走るのは難しいと思います。複合コーナーもあって、ドライバーのライン取りの想像力を掻き立てるというか、ひとつのラインでこうしたら上手く走れるという固定観念にとらわれず、自分のドライビングスタイルやマシンに合わせたライン取りができるので、面白そうですよね。

 そのポルトガルGPの予選ですが、Q3ではメルセデスの2台だけがミディアムタイヤを選択しました。これはドライバー側が決めたということですが、普通ならミディアムよりもソフトのほうが速いとドライバー自身も思うはずです。しかし最終的にミディアムを選んだというのは、ドライバーのフィーリングと、エンジニアの解析によってミディアムとソフトでも同じタイムが出るという計算があって、自信があったのでしょうね。

 基本的に予選で速いタイムを出すのであればソフトでアタックしたほうが良いとは思いますが、路面のミューだったりコーナーの特性などで、ソフトはグリップが高いけれども、タイヤ表面のゴムが動きすぎてしまう傾向もあるのかなとも思いました。

 タイヤというのはただ柔らかければ良いというものではないですし、グニャグニャと動いてもダメです。ドライバーがステアリングを切ったときに、思ってたよりもラインがズレるというか、タイヤ表面のコンパウンドのゴムが動いてしまって、自分の感覚よりもターンインが遅れてしまうこともあります。

 ですが、ミディアムがソフトを上回るということは普通はなかなかないと思います。当然メルセデスは過去のデータを見て考えているのでしょうけど、このサーキットに関してのデータはないですが、他のサーキットよりもタイヤ差が少なかったように僕には見えましたね。

 決勝レースは、小雨が降っていた影響がかなりあるなかでの難しいスタートとなりました。その状況でタイヤと路面の相性の影響でカルロス・サインツJr.(マクラーレン)やキミ・ライコネン(アルファロメオ)が上がってきたりというシーンがあり、見てる側としては非常に面白かったですね。雨の影響もあってラインの自由度がさらに高くなったので、各ドライバーは臨機応変にラインを変えていましたね。

 路面が濡れているときは、ドライバーの想像力がさらに掻き立たされます。そのあたりの対応の仕方がうまいドライバー、そうではないドライバーで分かれますし、あとはタイヤの差でも分かれます。ミディアムでスタートしたチーム、ソフトでスタートしたチーム、そのあたりでも差があったと思いますし、当然ソフトのほうが温まりは良かったですね。

 そのなかで、ライコネンが16番手スタートから1周目で6番手までポジションアップしていました。同じソフトタイヤを履いていても、ああいう滑りやすい路面に強いドライバーもやはり存在します。ライコネンは、昔からウエットの状況で、かつスリックタイヤというコンディションではすごく上手いイメージがあります。ドライコンディションから雨が降り出して、路面が濡れてきていても、ある程度までスリックタイヤで走り続けることができるドライバーのひとりですね。

 ライコネンはなんというか、恐怖心みたいなものが少ないんでしょうね。普通のドライバーなら雨が降ってくると、『降ってきちゃったよ』とまず精神的にやられますよね(苦笑)。『このコーナーは滑る・危ない』というところで、何%速度を落とすというのはドライバーごとに違いますが、それがライコネンは『こんな雨の何が問題なの?』というくらい、本当にクールに追い抜いていきました。

 オンボード映像を見ると、ライコネンのステアリングの切り方や走行ラインは、タイヤに横方向のGをあまり掛けすぎない独特のドライビングなんですよね。タイヤを縦方向にうまく使って、横方向は最小限に使うというドライバーです。

 コーナーに対してV字型のラインという言い方もできますが、すべてのコーナーでとにかく舵角を少なくしてコーナリングしています。ブレーキで縦方向にマシンを止めて、その後はちょろっと向きを変えて立ち上がっていくというドライビングスタイルです。

 さらにライコネンはスロットルの踏み方もかなり繊細です。そういったドライビングを普段からしているので、本人的には、あの雨くらいではどうということないんですよね。タイヤにもクルマにも優しいドライビングですし、ウエットコンディションでスリックというのは、すべて荷重の掛け方で結果が変わってきます。

 ブレーキの踏み方、ステアリングの切り方もそうですし、そこの動きが大きすぎるとタイヤが路面を掴む力は圧倒的に落ちてしまいます。激しくブレーキを踏めばタイヤはロックしますし、激しくステアリングを切れば一瞬でグリップを失います。そこをいかに調整するかですが、極端にドライとウエットでのドライビングに差がある人と、逆に普段から両方のコンディションでもあまり差がないドライビングをしている人では、その部分で当然差が出てきます。ライコネンのポジションアップは、そのドライビングの特性の差が出ていたのかなと思います。

 ですが、路面が乾き始めたら、その後はライコネンもサインツも徐々にポジションを下げてしまいましたね……。それはもう致し方ないというか、マシンの性能差的に現状ではあのパフォーマンスが限界なのかなと。展開としてはふたりとも良いレースを見せていましたけれど、やはり路面が乾いてしまうと、元々のマシンの性能差がもろに出てしまいましたね。

 レースの後半ではピエール・ガスリー(アルファタウリ・ホンダ)のパフォーマンスが良かったですね。ミディアムに変えてから少しペースが上がらなかったシーンがありましたが、それはマシン的にタイヤの温度が上がりづらいのか、それを踏まえて内圧を低めに設定しているのかもしれません。

 もし内圧が低い状態でプッシュしてしまうと、グレイニング(ささくれ摩耗)も起きやすいですし、タイヤの構造を壊してしまう可能性があります。ガスリーはそのあたりをコントロールしていたのか、単にマシンが、タイヤの内圧が低いときに合っていなかったのかは分かりませんが、その落とし気味の走りが逆に後半に活きた可能性もあります。

 ガスリーもオンボードを見る限り、ドライビングスタイルはかなり独特で、タイヤに負担を掛けない、本当にステアリングを切らないドライビングをするドライバーです。そのあたりのタイヤに優しいドライビングというのが、レース後半に活きていたのかなと思います。

 中継を見ているとガスリーは一見、豪快にアウトからオーバーテイクをしていたりするので、アグレッシブなドライビングをするかと思われますが、実はすごく繊細です。少なくとも僕が見ている限り、全然アグレッシブな感じではないです。ガスリーはマシンとタイヤの感じ方がちょっと特殊というか、『ガスリースタイル』みたいなものがありますね。

## ■ガスリーとフェルスタッペンのドライビングの違い。もし今ふたりが別のマシンに乗ったら……

 もちろん、ドライバーが10人いれば10人それぞれクルマの感じ方は違うのですが、ガスリーはチームメイトのダニール・クビアトともまったく違うスタイルですし、それこそマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)ともまったく違うドライビングスタイルです。

 基本的にガスリーは、マシンのリヤのグリップがしっかりしていないとパフォーマンスを発揮しきれないドライビングスタイルだと思います。後ろがしっかりしていて安心感があり、普通のドライバーだったら『アンダー気味だな』と思うようなクルマを、フロントのグリップを上手く感じながらコーナーで曲げていくドライバーですね。

 逆にフェルスタッペンは多少後ろが不安定で、少し滑っていても前に進ませていくイメージがあります。そもそもフェルスタッペンはガスリーのドライビングスタイルとは違い、フロントを軸にして走らせています。ですが、フロントを軸にしながらも、その中での薄いリヤのグリップを、他のドライバーが『1』感じるところをフェルスタッペンはたぶん『5』くらい感じられるのだと思います。リヤが不安定なクルマに乗ったときに、実はそこが圧倒的な差になってきます。

 そう考えると、昨年同じレッドブルのマシンで、フェルスタッペンとガスリーのパフォーマンス差があれだけ大きかったというのもイメージがつきますよね。リヤが不安定なマシンでは、後ろをどう感じているかでかなり変わってきます。

 もしガスリーが自分好みのマシンに乗ることができれば、フェルスタッペンとの差もそこまで大きくは付かないでしょうし、限りなく近づいて行けるのではないかと僕は思います。たとえばレーシングポイントのマシンにフェルスタッペンとガスリーが乗ったとしたら、そこまで差は付かないと思います。むしろガスリーが勝つ可能性だってあります。

 今のレッドブル・ホンダのマシンは、フェルスタッペンが乗りこなせるマシンにはなっていますが、それでもフェルスタッペン的にもベストではないと思います。どちらかというと、フェルスタッペンの許容範囲に『なんとか収まっている』マシンという感じですね。

 ですので、他のドライバーが今のレッドブル・ホンダのマシンに乗ると、その許容範囲を簡単に超えてしまいます。それこそアレクサンダー・アルボンが今まさにその状態です。昨年以上にそのあたりシビアになっているので、アルボンが昨年のガスリー以上に苦しんでいることは、そのクルマの特性の部分が大きいのかなという気がします。

 そのフェルスタッペンも、今回のレースではミディアムタイヤでスティントを引っ張り、上手くタイヤマネジメントをしていました。フェルスタッペンは、攻めつつもタイヤマネジメントをするのは上手いですね。

 彼もステアリングを切っている時間がすごく短いドライバーなので、そういった意味ではタイヤに対してすごく優しいドライバーです。フェルスタッペンは、タイヤに対してかなり攻撃をしてそうなスタイルのドライバーですが、実際はそうでもなく、上手くクルマの慣性を利用して向きを変えている印象ですね。

 そしていつものことなのですが、最終的にはメルセデスの2台です(苦笑)。やはりルイス・ハミルトンは1周のスピード『だけではない』ドライバーですね。今回のレースで言えば66周、ずっとギリギリのところを攻めながら、かつタイヤマネジメントもしなければならないところで、チームメイトのバルテリ・ボッタスと差がついています。

 ハミルトンとボッタスが同じようなタイムで走っていても、ハミルトンの方が元々のスピードだったり、タイヤマネジメントの感覚が元々高いので、若干余裕がある状況に見えました。タイヤに対しての攻撃性なども、ハミルトンの方がボッタスよりも上手くコントロールして走れているように見えますよね。それが10周、20周、30周も走るとかなりの差になってしまいます。

 もちろん、ボッタスも決して遅くはないんですけれど、ハミルトンが本当に上手くなっています。予選だけを見れば『今回はボッタスが良いな』ということを思うのですが、決勝になると不思議と数十秒差がついてしまうんですよね(苦笑)。

 あとは今回、気になったこととしては『風』ですね。レースを見ているとかなり風が強そうでした。フォーミュラーカーは風の影響をすごく受けるので、ドライバーにとって『風向きが変わる』ということはかなり影響が大きいです。向かい風になるとダウンフォースが増えてフロントがどんどん入っていくクルマになって、ニュートラルなクルマはオーバーステアになってしまうし、逆にアンダー気味だったクルマはちょうどいいステアになります。

 ですが、風向きが異なり、次のコーナーで押されてしまうとクルマがプッシュされてしまい、元々がアンダーステアなマシンだと、さらにアンダーステアになってしまいます。風向きが変わってしまうと『前の周はこんな動きだったのに、この周では動きが変わっている』とドライバーは困惑して、クルマの調子が悪くなったのかと勘違いしてしまいます。無線で風向きのことを聞いていたドライバーもいましたが、ドライバーにとって風向きはすごく気になることです。

 コーナーに入ってからの修正では遅いですし、なんとなく修正するのですが、バランスが崩れるとドライバーもクルマの調子が悪くなったと思い、ペースが落ちてしまいます。ドライバーが『あれっ』と思って一瞬でも守りに入るとタイムは落ちますし、それが続くとタイムは一気に落ちてしまいます。

 ただ、その原因が何によるものなのかが分かっていれば、それに対処していけばいいので、無線で『風向きが変わったよ』と言われればドライバーも予測して対処します。ポルトガルGPでは、各ドライバーが風で苦しんでいる様子も多く見受けられましたね。

 次戦は久しぶりにイモラ・サーキット(エミリア・ロマーニャGP)での開催になります。イモラは僕もジュニアフォーミュラ時代に何度も走っていて、最近だと2016年のヨーロピアン・ル・マン・シリーズのLMP2マシンで走行をしました。

 久しぶりに走った感想としては『本当にちっちゃいサーキットだなぁ』と思いましたね(笑)。コース幅はそれほど広くないですし、コーナリングスピードもかなり低いというか、シケインがあってヘアピンがあってまたシケインという感じで、本当に追い抜きが難しい低速サーキットです。

 今のF1マシンでイモラを走行すると、どんな感じなんだろうとは思いますね。カートコースをフォーミュラカーが走るイメージですね。路面ミューもそれほど高くなくてバンプもあります。そのあたりでマシン特性の差が結構出るのかなとも思いますね。そう考えると、あまり空力が使えないサーキットなのでレッドブル・ホンダはちょっと厳しいのかな……とも感じます。

 ただ、イモラは曲がりこんでいるコーナーは少なくて、ステアリングを一発で切って曲がっていくコーナーが多いサーキットです。そのあたり、ドライバーの技で何とかできるサーキットでもありますが、バンプのこなし方や縁石の使い方も含めて、簡単そうに見えてめちゃくちゃ難しいサーキットでもあります。今までのサーキットと違い、ドライバーの技の見せどころになりそうですので、そういった意味では、いつもとは少し違った結果が見えてくるかもしれないので非常に楽しみですね。

中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長にスーパーGT、スーパーフォーミュラで無限チームの監督、そしてF1インターネット中継DAZNの解説を務める。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24

2020年Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GTのチーム監督を務める中野信治氏。DAZNでF1中継の解説も担当

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