微笑みの南部

 私が暮らすアーカンソー州は、アメリカ南部の俗にいう「バイブル・ベルト」に属する州だ。「バイブル・ベルト」とは、アメリカ中西部から南東部の複数の州にまたがる地域のことで、国内で最もキリスト教信仰が盛んな地域を指す。そんなアーカンソーに暮らすようになったのは、アメリカ人の旦那の転勤がきっかけだった。この地に暮らして、かれこれ10年になる。

 10年経っても、南部の常識やバイブル・ベルトにおけるクリスチャンたちの生活に驚かされることは少なくない。引っ越した当初は、日々が驚愕の連続だった。高校時代に北カリフォルニアに交換留学をしていた私は、既にアメリカを知った気になっていたのだが、南部は私の知っているアメリカとは、まったく違うものだった。恐らく多くの日本人にとっても、あまり馴染みのない場所、それがアメリカ南部だと思う。観光旅行で行くようなハワイやカリフォルニア、ニューヨークなどの常識と、南部の常識は全く異なる。この連載では日本人が知らない「もうひとつのアメリカ」とも言うべき、南部での常識や、バイブル・ベルトで生活する中で目にする驚きなどを綴っていきたいと思う。

 まず、米国南部と聞いて、思い浮かぶのは何だろう? アメリカへの移住が決まって勤めていた職場を辞める時、「アーカンソー州に行きます」と言ったら、周囲はみな揃って目を点にした。職場の上司、同僚、友達など誰もが「えっ? どこそれ?」と聞き返してきた。まぁ、それも仕方がない。かくいう私も、そのときにはアーカンソーについての知識など、これっぽっちもなかったのだから。

 アメリカ人の友人たちは、もちろんアーカンソー州のことは知っていた。しかし、州名を伝えた途端、彼らは真剣に心配し出した。「南部は差別があるから気をつけた方が良い。早く引っ越せたら良いね」とか、「オレンジ色の服を着るとハンターに銃で撃たれるから、着ないほうが良いよ」とか。そんなトンデモない情報を聞いてしまった私は、不安にかられて、引っ越す前に本当に生活できるか下見に行ったくらいだ。

 ところが実際に現地へ下見に行ってみると、スーパーマーケットや道ですれ違う人達が、目が合うたびに私に微笑みかけて「Hi」とか、「How are you doing?」などと話かけてくる。たまに挨拶にウインクを追加してくる大人も男女問わずにいて、超がつくほどフレンドリー。聞いていた話とは、まったく違っていた。生まれも育ちも東京の私にとっては、それは衝撃でしかなかった。道ですれ違う人に笑顔なんて振りまいたこともなければ、微笑みかけられたことも東京では皆無だった。最初は微笑みかけられても、挨拶されても、それに対してどうしたら良いか分からず、旦那に「どうして微笑みかけられるのか?あれは何なのか?」と真剣に聞いた。「南部にはサザン・ホスピタリティーというカルチャーがあって、その一環」と、旦那は教えてくれた。

 これは日本でいう「おもてなしの心」だ。南部は「白人優位の差別主義」というステレオタイプな話をよく耳にするが、これは大きな誤解である。温かで、おおらかな感じの人が非常に多いし、みなとてもフレンドリーだ。引っ越してすぐ、ご近所のお宅にお招き頂いて、バーベキューや南部料理を振舞ってもらったが、彼らの歓迎ぶりには感激した。また、どこに行っても道端ですれ違いざまに笑顔を交換することで相手を和やかな気分にさせる……。南部には不思議なパワーが溢れているのだ。皆さんも南部で誰かに微笑みかけられたら、微笑み返し、お互いHappyな気分でその日を過ごしてほしいと願う。ただし、Bar等に遊びに行くときには、そこが相手を探す人たちの出会いの場であることをお忘れなきよう。異性から微笑みかけられたときと、異性に対して微笑むときは相手に勘違いされないように注意しよう。

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