世界のデジタル嗅覚技術、香りを使ったヘルスケアの未来

忘れ去られた感覚器、嗅覚

 皆さんは、ご自身の感覚について日々どのくらい意識することがあるだろうか?人には、味覚、嗅覚、触覚、視覚、聴覚の5つの感覚が備わっているが、現代の情報収集はもっぱら視覚優位であり、嗅覚は忘れ去られた感覚器とも言われている。感覚器を失うことで人生に与えるインパクトは、視覚においては85%とも言われている中、嗅覚はわずか5%だそうだ。

  しかしながら、嗅覚は実のところ人の生存能力においても重要な感覚器で、特に記憶と感情に強く結びついていると言われている。 また、嗅覚は脳に直結している唯一の感覚器であることも特筆すべき点だ。 しかしながら、嗅覚はあまり理解されていない感覚器でもあり、研究課題が多く残る領域である。

 筆者は、この嗅覚にアプローチする方法としての「香り」を使うことで、非侵襲かつ体への影響のマイルドなヘルスケア商材の事業化にチャレンジしているが、最近、五感のデジタル化が世界で進み、嗅覚への注目度が高まりつつある。 また、嗅覚にデジタル・IoTを絡めてビジネス化を狙うプレーヤーも登場してきている。

 香りにまつわるニュービジネスは、空間演出やマーケティングにおいて、注目度が上がり、市民権を得つつあるが、今回は、世界の香りや嗅覚にまつわるデジタル化を活用して、ヘルスケア領域で展開されているサービスやプロダクトをご紹介したい。

デジタル嗅覚技術の市場

 デジタル嗅覚技術市場は、2017年に約3,200億ドル規模となり、2026年までに3兆1,200億ドルに到達すると予測されている。(JMAセミナー、【世界のDXトレンド】 五感のデジタル化に挑戦する世界の企業 ~IoTセンサーが牽引する香り・匂い・嗅覚テクノロジーの最前線~より)

 また、Ericssonのレポートによれば、2030年までに嗅覚がインターネットの重要な一部になっているだろうと一般の消費者が予測しており、また、2030年までには、映画を見ながら実際に香りがデジタルを通して感じられるようになることを期待していると記されている。

デジタル嗅覚を使ったサービス、商品について

 先ず米国MIT Media Labで開発されたウェアラブルディフューザーデバイスプロジェクト「Bio Essence」について紹介したい。

「Bio Essence」は、身に着けている人の状態をモニターし、状態に合わせて香りが噴霧される仕組みだ。 使用者は、胸元に着用するか、首から下げる形でウェアラブルデバイスを装着する。 使用者の心肺機能に関するデータがモニターされ、測定値に基づき、使用者のメンタル状態を改善する香りが噴霧される。

 続いて、イスラエルから、臭気センシング技術を使ったヘルスケア関連の企業・プロジェクト2つをご紹介する。

 Electric nose(e-nose)とは、匂いに含まれる化学物質を検知して その匂いを特定するために利用されるデバイスの総称であり、どちらもこのe-noseにあたる技術だ。

Nanoscent

 まず、イスラエルのスタートアップ企業Nanoscentから紹介する。Nanoscentは、スマホで匂いを認識できる外付けデバイスおよびアプリを開発しているスタートアップだ。

 同社は、2017年に創業し、テクニオン大学発のナノテクノロジーと独自のAIアルゴリズムをコア技術に、高精度のにおい検知を可能にする臭覚IoTプラットフォームを開発している。現在は、当社の匂いによる検知技術を利用したCOVID-19の検査デバイスの展開に注力している。

 袋に採取した呼気を、一分以内に検査デバイスのNasal Scent Recorderにより判定することが可能で、結果は検査を実施した本人のスマートフォンに送付されるという仕組みだ。この検査による検出の精度は、85%と自社HPで説明している。なお、Nanoscentは住友化学との1年の共同研究を経て、2019年12月に住友化学より2億円の出資を得ている。

Na-Nose

 続いて、ご紹介するのは、人の息の匂いの変化に基づき疾病の診断をする技術を開発するプロジェクトNa-Noseだ。

 Nano artificial nose、ナノ人工鼻から命名されたこのプロジェクトは、イスラエルTechnion-Israel Institute of TechnologyのHossam Haick教授率いるプロジェクトで、ナノテクノロジーをベースに、臭気から病気を検出することが可能な技術の開発を進めている。

 診断可能な疾病は、がん、パーキンソン病、腎臓病、肝臓病、アルツハイマー型認知症、多発性硬化症等だ。この技術を使えば、非常に非侵襲な呼気テストで、誰でも簡単にがん診断が可能で、早期発見につながる可能性がある。また、この技術により、長期的なヘルスケアコストの削減につながることも期待されている。

 現在、あらゆる業界がホリスティックな視点にシフトチェンジしつつある転換期とも言えるが、医療やヘルスケア、また香りや嗅覚を使ったサービスもまた同様に、人の生活の連続に訴えかけ、サポートする長期的なアプローチが重要になると感じる。香りのヘルスケア領域へのデジタル活用、またデジタル嗅覚の実現により、人々の暮らしが更に豊かに、また健康寿命にも大きく寄与することを願ってやまない。

© 株式会社メディアシーク