崩れゆく30号棟

 台風被害で1カ月半に及んだ上陸禁止が解け、長崎市の端島(軍艦島)行き観光クルーズ船に乗り込んだ。島に残る国内最古の鉄筋コンクリート造り高層アパート「30号棟」の状態が気掛かりだった▲端島炭鉱が閉山し無人島になって46年。30号棟の崩壊は予想以上に進んでいた。7階建ての中央部が無残に崩落し、真ん中から裂けているように見えた▲30号棟は1916(大正5)年建設。日本初の庶民向け高層アパートだ。狭い島に多くの労働者を住まわせるには住宅を高層化するしかない。炭鉱で培われた高度な土木技術が先駆的アパートの建設を可能にした▲端島は世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の一つ。世界遺産の価値とされるのは近代日本の発展を支えた炭鉱の施設跡などに限られる。林立する高層アパート群は本質的価値ではないと見なされ、ほんの一部しか保存対象になっていない。やがて崩れさる運命だ▲市は30号棟の保存について、内部崩壊が進み危険な上、膨大な費用が必要として事実上断念している。幾人もの専門家から「非常に価値ある建築物。できれば保存したい」と惜しむ声を聞いた▲風雨にさらされ崩れゆく30号棟は自然のすさまじさと厳しい環境に生きた人々の営みを物語る。「最期」が近づくその姿を目に焼き付けた。(潤)

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