人材派遣業界の苦悩、「もう辞めたいんですが…」と言われたら何をしてもだめ?

「転職で気をつけろ!業界のブラック」今回は人材派遣業界の苦悩についてお送りします。

私は6つの大学でキャリア教育・就職支援の講師をしているのですが、多くの若者から「ブラック企業ってどうやって見つけられますか?」と相談されます。しかし、企業にあるブラックって人(経営者や上司)によって変わるもので、働いてみないと分からないと思いませんか? 働きやすい会社でも、やりがいがある仕事でもブラック要素が潜んでいるのが現実です。

業界ごとにある「勘弁してよー」という情報も大切で、それを「業界のブラック」として皆さんにお届けします。


「明日からもう仕事に行きたくないんですけど…」

まずは私の経験談から。これは新卒で4年間務めた人材派遣会社での実体験です。午後7時ごろ、携帯電話にかかってきた電話の相手は今日から仕事を始めた就業初日の派遣スタッフさん。明日から辞めたいという相談です。「ちょっと待ってください、よかったら何が嫌なのか話を聞かせてくれませんか?」と辞めたい理由を聞いてみると「職場の雰囲気が自分には合わない」と。なんともまあぼやけた返事……。このまま続けてもおそらく早晩辞めてしまうので、早い方がいいとの主張。ちょっと自分勝手やしませんか!?と叫びたくなります。

頻繁にあるわけでは決してありませんが(あったら大変)、私は1年に1度か2度はありました。実は人材派遣業界ではよく起こるトラブルです。他にもよくある辞めたい理由としては、「事前に聞いていた仕事内容と違う」、「求められる能力が足りないと気づいた」なんてことも。人材派遣業界あるあるトラブルです。

ここで簡単に人材派遣サービスの説明を。私が勤めていた派遣会社はオフィス系の派遣サービスが主力でした。「経理の仕事をできる人を」、「営業事務の経験者を」とクライアント(派遣先)から依頼が来ると、営業職が出向いていき仕事内容・勤務条件・職場環境などをヒアリングします。そして、自社に登録する派遣社員さんと「マッチング」。候補者が決まると、派遣先の企業に働く前にまずは一緒に訪問をします。職場見学をしたり、仕事内容の確認などを行ったりするためです。仕事を始めるまでに双方確認をするのですが、ミスマッチが起きてしまい、上記のようなトラブルに発展することがあります。

人材派遣業界の悲しいブラックが

冒頭で書いた派遣先の企業は、私が新卒で入社して、足掛け半年ほど営業をかけたクライアントでした。担当していたエリアでは大手の企業で、かなりのニーズも見込める。でも、他社が先駆けてシェアを構築していたので、何とか入り込めないかと足しげく通ったものでした。半年たって担当者に「分かった、分かった。じゃあ依頼を出すよ」と熱意が認められ受注することができ、ようやく契約に。「やっと取引ができますね!」と温かい言葉をもらったのを覚えています。

しかし、やっと契約にこぎつけたものの、雇用契約が決まった派遣社員さんが1日で辞めたいということに……。もちろん企業とのサービス契約は1日で消滅。なんと悲しい結末でしょう。どれだけ一生懸命にクライアントに営業をかけたとしても、派遣社員が辞めてしまえばサービス契約が吹き飛んでしまう。ここに人材派遣業界の悲しいブラックがあるのではないかと思いました。

ベテラン社員はそれを見抜く力がある

このブラックをどう扱うか。実はここに人材派遣業の営業職の腕の見せ所があります。ベテランになればなるほど、このマッチングの精度が高まっていきますし、結果的にトラブルが発生する率も低くなっていくのです。

例えば依頼を受けた際、派遣先で行う仕事内容のヒアリングを行いますが、これを正しく聞き出すのが意外に難しい。経験を積めば積むほど仕事内容の把握が上手くなっていきます。派遣先の仕事内容に合う人選(マッチング)も成功率が高まります。依頼内容の仕事と全く同じ経験を積んでいる人ばかりが潤沢に登録しているわけではありませんから、足りないものをどう補って企業に紹介するのか。腕の見せ所です。そして、候補にあがっている派遣社員への仕事内容の説明も当然差が出ます。トラブルの可能性を感じるものをあらかじめ候補の派遣社員に説明をするのですが、ポイントの抑え方もうまくなります。「辞めたくなる理由」を事前に見つけ出してつぶしておくのがベテランの方が上手いんです。

とはいえ、ベテランといえども「どうしようもない“辞めたい”トラブル」はそれでもやっぱり起こります。そのたびにみんな頭をかかえています(笑)。

ブラック企業だけじゃなく、業界のブラックも

リクルートキャリアの「転職時の賃金変動状況」によると、前職と比べ賃金が1割以上増加した人が2018年度にはついに30%に達したそうです。コロナウィルスの影響でこの先不透明ではあると思いますが、「転職」が当たり前に行われる世の中になってきました。そのとき、多くの人が「ブラック企業に入りたくない」と考えるはずです。

私の大学時代の友人が、商社から大手の素材メーカーに転職をしました。そろそろ仕事も落ち着いたころかと思い、久しぶりに飲みに誘うと、まあやつれた顔……。どうしたのかと聞くと、残業と無駄な仕事がめちゃくちゃ多く、典型的なブラック企業だと言うのです。

しかしある日突然、ホワイト企業になったのです。理由は簡単、トラブルの元凶であった部長がパワハラで訴えられ、異動することに。無理な残業や無駄な報告などを強いていた人がいなくなり、それはまあ過ごしやすい環境になったそうです。

こんな風に「ブラック企業」と言われる所以の多くは人に依るところが多く、どうしても実際に働いてみないと分からない部分が多いのではないでしょうか。それなのに、失敗したくない気持ちが強くなってしまい、見つけられないものを一生懸命見つけようとしている節があります。

企業にあるブラックも大切ですが、業界ごとにあるブラックにも目を向けるべきではないでしょうか。企業にあるブラックも、業界にあるブラックも、人それぞれ感じ方次第です。ブラックで嫌だなーと思う人もいれば、全然気にならない、なんて人もいるはず。でも、業界にあるブラックって、調べてみると意外にも業界の本質にたどり着くことがあります。

今回は人材派遣業界のブラック要素を1つ紹介しましたが、上にも書いた通り、このブラックにどう対処するかが「逆に面白い部分(つまり魅力)」ともいえるのです。人をどう見るか、派遣先の職場をどう見るか、依頼内容の仕事をどう見るか。人材派遣業界では「人を見る力」が問われますし、養われていきます。ただ「逆もまた真なり」なので、転職活動で全く新しい業界を考えている人は、自分に合っているのか、しっかり考えてみてください。

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