ベテラン同士の超接近戦を制したリアライズ 日産自動車大学校GT-R。勝利を引き寄せたリスクマネジメント

 セクター3でGT300車両が一台ストップ。リアライズ 日産自動車大学校GT-Rのピットは葛藤した。消化した周回は20周、ドライバー交代を行なえるギリギリのライン。ピットウインドウは開いているが──。

 脳裏に第6戦鈴鹿での悪夢がよぎった。フルウエイト状態で行なわれたこのレース、リアライズ 日産自動車大学校GT-Rは100㎏ものウエイトを積んだ。“最重で予選11番手”は決して耳あたりの悪いフレーズではないが、ほかの100㎏級ライバルの後塵を拝したのも事実。

 それでも決勝では堅調にポジションを上げ、ポイント獲得への期待が高まったが、セーフティカー(SC)のタイミングに翻弄され勝負権を喪失。結果は16位、ノーポイントに終わっていた。

 そこでチームは今回、SCリスクを考えてミニマムでのピットストップを実施する作戦を検討してきた。そして、その作戦を採るべき瞬間が到来したのだ。20周目、前半担当の藤波清斗はしっかりと仕事をこなして4番手までポジションアップ。

 しかし、前を行く3台のペースは想定よりも1秒速く、ジリジリと離されていく。呼び戻すならいま。だが、長くなる後半スティントでタイヤは大丈夫か。できればあと2、3周走りたいがSCのリスクもある。そもそも、作戦が失敗すればタイトルへの挑戦権はなくなる……。

 ジレンマに陥りながらもチームが下した決断は、藤波を呼び戻すことだった。「SCは出る」。21周目の終わりのタイミングで藤波がピットに滑り込むと、ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ(JP)にバトンタッチ。チームは給油と新たなタイヤをマシンに与え、再びコースへと送り出した。

 ことは予想どおりに進む。リアライズ 日産自動車大学校GT-Rがトップと同一周回でコースに復帰すると、ピットストップを終えたマシンでは2番手のポジションにつけ、そのすぐあとにSCが出動。事実上の2番手に躍り出た。

 レースが再開された時点で、前を行くのは元クラス王者、谷口信輝の駆るグッドスマイル 初音ミクAMGのみ。後続とは10秒弱の差。あとはベテラン同士のマッチレースだ。このとき「もう一度SCが出ても余力を残しておけるように『タイヤと燃費をセーブしてくれ』と伝えていた」と米林慎一エンジニアは明かすが、闘志を燃やすブラジリアンに迷いはなかった。

 JPは32周目のバックストレートで谷口に仕掛けると、サイド・バイ・サイドになりながら90度コーナーに進入。そのまま最終コーナーからホームストレート、そして翌周の1コーナーまで、時折車体が触れ合うほどの超接近戦を展開。この勝負の軍配がJPに上がると、そのまま今季2度目のトップチェッカーを受けた。

「谷口さんは非常に経験豊富なドライバーだし、かなりハードに戦ってくる。僕みたいにね(笑)。僕たちはお互いにスペースを残し合うように戦おうとしたし、実際にそうだったと思う」と、JPはレース後、清々しく語った。

 百戦錬磨のベテラン同士によるバトルは激しくもクリーン。軽いコンタクトはあったものの、互いの挙動を乱すほどではなかった。

「もしあのチャンスを逃していたら、抜くことはできなかっただろう。相手のペースは終盤に向けて良くなっていったからね。僕は一度きりのチャンスを活かすことができた。本当にあそこが決定的な瞬間だった」

2020年スーパーGT第7戦もてぎ 谷口信輝(グッドスマイル 初音ミク AMG)と好バトルを演じたジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ(リアライズ 日産自動車大学校 GT-R)

■寒い富士に合うマッチするタイヤはどれだ

 JPがワンチャンスをものにした結果、リアライズ 日産自動車大学校GT-RはLEON PYRAMID AMGを逆転し、ランキングトップに立った。15点のビハインドから5点リードへ。もし、次の最終戦富士でLEON PYRAMID AMGがポールポジションを取り逃した場合、同車が優勝しても、リアライズ 日産自動車大学校GT-Rが2位に入れば合計71ポイントで並ぶ。

 この場合リアライズ 日産自動車大学校GT-Rのほうが2位獲得数で上回るため、栄冠を手中に収めることができる。ほぼマジック点灯状態だ。それでも彼らは自らが有利になったとは考えてはいない。たしかに、第5戦の富士では勝利した。しかし、それは秋の富士だったからだ。米林エンジニアは次のように語る。

「あのときはテストとほぼ同じコンディションでした。だから『大体このくらいのペースで走れるだろう』という予測ができたし、実際そのとおりになった。冬の富士ならこのタイヤ、というのもないし、手探りで行かざるを得ない。持ち込みのタイヤもすでに決まっていますが、ブリヂストンさんやダンロップさんのほうが採れる戦略の幅が広そうですね」

2020年スーパーGT第7戦もてぎ LEON PYRAMID AMG(蒲生尚弥/菅波冬悟)

 一方で、一転して追う立場となったLEON PYRAMID AMG陣営。富士では開幕戦でポールを獲得するなど速さを見せているが、黒澤治樹監督はオートスポーツwebの取材に対し「寒いというのは、うちにとっては良い方向ではないけど、持っているなかでベストを尽くさなければならない。ブリヂストンさんはいいものを用意してくれるだろうから、みんな一丸となって戦うしかない」とやや悲観的とも取れるコメントを残している。

 タイヤのパフォーマンスダウンが少ない特性を持つメルセデスAMG GT3とブリヂストンタイヤの組み合わせで、今季LEON PYRAMID AMGはタイヤ無交換、あるいは2輪交換作戦で重い状態でも高いパフォーマンスを示してきた。

 しかし、それは状況に合ったタイヤ選択ができて初めて実現するもの。初冬の富士に合わせられるかがキモであることは言うまでもない。今回、接触でポイントを取りこぼしたSUBARU BRZ R&D SPORTと11号車GAINER TANAX GT-Rの2台はダンロップタイヤを履いているが、こちらの2台はパフォーマンスに対して自信を持つ。

2020年スーパーGT第7戦もてぎ SUBARU BRZ R&D SPORT(井口卓人/山内英輝)

 とくにSUBARU BRZ R&D SPORTの井口卓人は同ウェブサイトに対し「いまのBRZは速いですし、タイヤもものすごくマッチしているので、シリーズとかじゃなくて、最後までとにかく勝ちだけを目指して諦めずにがんばりたい。寒い富士でも強いと思います。こっちは柔らかいタイヤを使っても摩耗的には有利なので、そこでなんとか勝負を決めるしかないと思っています」と力強くコメントしている。

 そして、ヨコハマタイヤ勢の筆頭となったリアライズ 日産自動車大学校GT-R。JPは米林エンジニアに同調するように、「最終戦の気温は低いだろう。タイヤのウォームアップはいままで以上に難しくなるだろうし、それだけにマザーシャシー勢やLEON PYRAMID AMGは無交換を狙ってくると思う」

「僕らとしてはあらゆる戦略を検討しなければならないだろう」と警戒を強めている。それでも、戦略にとらわれるのではなく、目の前のことに集中することだと強調した。

「何はともあれ、レースそのものに集中しないと。チャンピオンシップのことは考えるべきではない。まずはベストを尽くして、最後どうなるか見てみようじゃないか」

ベテラン同士の超接近戦を制したリアライズ 日産自動車大学校GT-R。勝利を引き寄せたリスクマネジメント

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