遠藤さんの「サプライズ」

 それは、いたずら好きだった作家らしい「サプライズ」の贈り物だった。開館20年を迎えた長崎市の遠藤周作文学館で、学芸員の川崎友理子さんが遠藤さんの未発表小説を見つけたのは今年2月のことだ▲題名は「影に対して」。バイオリンに打ち込み芸術の道を追求する母と、平凡な生活を望む世俗的な父を、息子の目線から対照的に描いた自伝的物語だ▲「生活と人生は違う」という遠藤さんの人生観がテーマの20周年記念展を準備していた川崎さん。膨大な収蔵資料の中から、たまたま手を伸ばした箱の中に、記念展のテーマにぴたりと合う未発表作の原稿が入っていた。「大いなる計らい」を感じたという▲記念展は来年6月末まで開催中だ。未発表作の直筆原稿のほか、「生活の奥に人生がある」「人生には無駄なことはひとつもない」といった心に染みる文章が、たくさん紹介されている▲ただ生きるのではなく、人としてどう生きるのか、と問われている思いがする。コロナ禍で来館者は減ったが、来館者が感想をつづったノートを開けば「遠藤文学は人生の指標」という言葉が幾つもあった▲ここでは雄大な海や空を眺めながら、「生活」をしばし忘れて「人生」をじっくりと考えることができる。長崎を愛した遠藤さんの素晴らしい遺産である。(潤)


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