[小林啓倫のドローン最前線]Vol.45 コロナ禍でのM&Aを支えるドローン

コロナ禍で生まれた、金融業界の新たなドローン活用

2016年、米金融大手のゴールドマン・サックスは、2020年までにドローン市場の規模が全世界で1000億ドルに達するだろうと予測した(ただしその7割は軍事用で、民間用が占めるシェアは3割となっている)。さらにその用途は、建設や農業、保険、警察など多岐にわたるだろうと予想している。

彼らはあらゆる可能性について検討したはずだが、その4年後に世界的なパンデミックが発生し、自らもドローンから大きな恩恵を受けることを予想していただろうか?米CNBCの報道によれば、ゴールドマン・サックスは自社内でのドローン活用を始めたそうである。その用途は、M&A(企業買収)の支援だ。なぜM&Aにドローンが必要なのか。その理由は、新型コロナウイルスの流行により、企業が所有する資産の確認が難しくなったためである。

ある企業を別の企業が買収しようとした場合、当然の話だが、対象となる企業がどれだけの資産を持っているかを正確に把握しなければならない。資産の内容は多種多様で、何かを作って売る企業であれば、製品や仕掛品、原材料の在庫、あるいはそうした製品を開発・生産するための情報(いわゆる「知的財産」)などが挙げられる。

こうした資産の中には、情報を見るだけで価値を確認できるものもあるが、建物や土地などの不動産は、実際にその現状を見なければ正確な価値を把握できない。しかし新型コロナウイルスのパンデミックによって、現地を視察することは手軽には行えない作業になってしまっている。

そこでドローンの出番というわけだ。カメラを搭載して飛行させ、対象となる資産を上空から撮影すれば、現地に赴かなくてもその状況を把握できる。実際にゴールドマン・サックスでは、この手法によって、オフィスビルなどの各種建物や施設、工場、港湾施設、さらには鉄道まで確認の対象としているそうだ。

他にもゴールドマン・サックスでは、ウェブ会議ツールとして日本でもすっかりお馴染みになったZoomや、MicrosoftのTeamsといったコラボレーションツールを活用して、対面での打ち合わせを行わずにM&A取引を進める取り組みを行っている。現在では、案件の実に95%がこうした非対面でのコミュニケーションを通じて行われているそうだ。

ゴールドマン・サックス以外の大手金融機関も、同様の取り組みを始めている。新型コロナウイルスの流行は、金融業界へのドローンの浸透という意外な影響をもたらすかもしれない。

不動産業界のドローン活用ノウハウが下地に

では具体的に、どのような映像が撮影されているのか。米ウィスコンシン州にあるTKO Millerという投資銀行が撮影した動画が公開されているので、リンクを掲載しておこう。

これはSPI Lightingという照明器具のメーカーが、競合会社との買収交渉を行った際に、同社の保有する工場を紹介するためにTKO Millerが作成したもの。上空から全体像を撮影するだけでなく、広い工場内を俯瞰的に撮影するシーンも収められている。

実はこの映像を実際に撮影したのは、VRX Media Groupという米国の企業。彼らは通常、こちらの映像のように、個人用の住宅などの不動産を紹介するコンテンツを作成している。そこで培われたテクニックを活用して、企業向けに不動産資産の価値を的確に表現するドローン映像を実現しているわけだ。

すでに日本でもお馴染みだが、不動産業者が物件を紹介するために、ドローンで撮影した上空からの映像を作成するということが一般的に行われるようになっている。彼らの持つノウハウが、M&A交渉という意外な分野に応用されているのである。

ゴールドマン・サックスの担当者はCNBCの取材に対し、こうしたM&Aプロセスにおける新しいテクノロジーの活用は、新型コロナウイルスの流行が落ち着いた後も継続されるだろうと述べている。

確かにドローン等が本格的に導入されるようになったのは、パンデミックによる移動の制限がきっかけだったが、「遠く離れた場所からでも多額の投資を左右する交渉ができる」ことが証明されたいま、それはM&Aの可能性を広げることとなった。今まで以上に買収プロセスに参加する企業を増やしたり、プロセスそのものを加速したりすることができる。そうした価値は、パンデミック後も積極的に追及されるだろう。

現在、金融業界におけるドローンの利用については、保険分野が先行している。特に損害保険の領域で、事件や事故、自然災害が発生した際に、その被害の程度を迅速に把握するためにドローンで現場映像を撮影するわけだ。

前述のゴールドマン・サックスによる市場規模予測でも、保険分野でのドローン活用は、2020年までに約14億ドルの規模に達するだろうと推定されている(産業利用の領域で建築、農業に次ぐ第3位の規模)。パンデミックがきっかけではあったが、ゴールドマン・サックスのような取り組みが進むことで、金融業界のドローン活用はより活性化していくに違いない。

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