東京パラリンピックの視覚障害マラソン女子で金メダル獲得が期待される道下美里(三井住友海上)が12月の防府読売マラソンで、2月の別府大分毎日マラソンで樹立した世界記録を9秒上回る、2時間54分13秒をマークした。今秋に応じたオンライン取材では、新型コロナウイルス禍で練習環境が激変した時期、延期されたパラリンピックへの思いを語っていた。着実に力を付けていることを証明し、大舞台へ大きな弾みをつけた。(共同通信=鍋田実希)
▽1年に2度の世界記録
―記録更新おめでとうございます。今年2回目、すごいですね。
ありがとうございます。うれしいですけど、2時間52分台を目指していたので、悔しいです。コロナの状況下で、なかなか練習環境が整わない中で工夫して、周りの方の協力もあって地力をつけてきたので、結果を出せて良かったです。
―レース前とスタートしてしばらくの間の笑顔が印象的でした。
ここまで思い通りに練習を積めていて、10月、11月は月間800キロの走り込みもできました。40キロ走の回数も増えていたので、絶対にいける気持ちもあったし余裕もありました。
▽記録更新の矢先に延期
―前回記録を更新した別大の後、国内でも感染が拡大した時期はどう過ごしていましたか。
3月末から4月初めまでは、外で走れませんでした。家の中でひたすら筋トレか、エアロバイクをこいだり、地味なことをやっていました。トラックでこのまま走れば結果が出るかなと思った矢先で、このままの勢いでいくと持たないと思ったので。
―延期の一報はどのように受け止めましたか。
何となく予測はしていたものの、4年スパンで考えていたので、この1年でどうスケジュールを組み直そうかって。考えすぎたら熱が出ちゃう子どもみたいに頭がすごく痛くなって。でもたくさんの人から連絡をいただいて、みんな東京大会を楽しみにしていたことが分かったので、私が今立ち止まっている場合じゃないと思って。逆にライバルに差をつけるチャンスだと思うようになりました。
▽早朝の山で鍛錬
―走り始めたのは、いつごろですか。
4月中旬ごろですね。伴走者を一人に絞って、福岡県内の山とか人けのないところで走りました。山では、伴走者に「猿が3匹いる」と言われた時もありました。夜明けとともに真っ暗な中を車で行って、明け始めたら走る感じ。
―猿!?どうしてそんな場所で。
第一は人目ですね。(伴走者と)二人で走っていることが、どう見られるかわからなかったので。その中で、もし許されるとしたら誰もいないところで走ることなのかなと思いました。900メートルくらいの上りもある、1周約4・5キロの周回コース。東京大会でアップダウンが何ともないやって思えるような、体をつくっておけばいいと思って選びました。伴走の方が、人がいない場所や時間帯を調べて練習場所を探したり準備してくれて、集団走の練習や回し飲みをやめたり、慎重に感染対策をしていました。
―この時期の練習で力がついた部分はありますか。
もともとピッチ走ですけど、日本ブラインドマラソン協会の安田享平コーチに会う度に、ストライド走法だって言われるんです(笑い)。筋トレが増えたことで体が大きく使えるようになって、疲れてきた時でも大きく動かすことができています。
▽配慮がうれしい
―コロナ禍の生活で、視覚に障害があるからこそ大変だったことってありましたか。
視覚障害って、入ってほしい情報がなかなか入ってこないことがあって、変化がすごく苦手なんです。今まで通れた場所に他のものがあったりすると「あれ、行けない?」ってなったり。通っていたスポーツジムに用事があった時に入口に枠があって、入る人と出る人で分けられていて白杖を合わせながら困ったことがあって。
―慣れているはずの場所が、突然知らない場所になるような感覚ですかね。
はい。でも、その時はスタッフの方が「色々変わっているから使いにくいところがあったら改善するので言ってくださいね」って、話しかけてくれました。会社でも、動線とか困ったことがあれば教えてくださいと言ってくださっています。色々な人が使いやすいように、配慮してくださっていることがうれしいです。でも全ての施設がそうというわけではないので、もっと良くなるといいですね。
▽金メダルはぶれない目標
―大会は延期になりましたけど、金メダルの目標に変化はありましたか。
全くぶれていません。東京大会で金メダルを取りたいというのは変わらずあります。アスリートって、何があっても立ち止まらないで前に進み続けるじゃないですか。そういうメンタルの強さだったり、こういう状況下でどうするかという対応力はこの期間で増しました。なので、よりスタートラインに自信を持って立てるんじゃないかなと思います。
―防府の結果が弾みになるのでは。
ここで更新できずに終わるのと、できるのとでは違うと思っています。ただ、力をつけている速い海外の選手もいます。もう少し強くならないと取れないと思うので、自信をつける練習をしたいです。
―金メダル候補としてパラの世界を引っ張るという思いはありますか。
いやー、そんな大きな野望は持っていないですよ(笑い)。でも東京大会はアスリートにとってすごく大きな舞台だと思うんです。結果を出せば競技の認知度は必ず上がりますし、自分の人生の中でもビッグチャンス。今は練習に専念して、結果を出すことが最優先。それから先、何かしら役割が与えられるのであれば、頑張りたいです。
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道下 美里(みちした・みさと) 2016年リオデジャネイロ・パラリンピック銀メダル。中学2年で右目を失明し、左目の視力も低い。19年のロンドン・マラソンで3連覇を果たし、パラリンピック2大会連続出場を確実にした。12月の防府読売マラソンで、ことし2月に自身が樹立した世界記録を9秒更新する2時間54分13秒の世界新をマーク。三井住友海上。144センチ。43歳。山口県下関市出身。