『仏像さんを師とせよ』八坂寿史著 ドラマに満ちた仏像修理の世界

 国宝や重要文化財の仏像修理に長年打ち込んできた熟練仕事師の体験記である。地道で苦しい修業、先達が見せる熟練の技、より良い仕事に向けた創意工夫――。こういう話に心動かされる人にお薦めしたい。精緻な書きぶりで記された仏像修理の世界は、想像を超えるドラマに満ちていた。

 岡倉天心が創設した美術院国宝修理所(京都)に著者が入所したのは1980年。何事も手作業で進める工房で最初の一年半は、ひたすら道具の刃物砥ぎだった。とはいえ、文化財たる仏像の修理者は職人でも工芸家でもなく、技術者だ。高度な技能が求められる一方、その文化的、歴史的価値を見定めてオリジナルを最大限尊重し、現状維持を旨とする。

 損傷の原因は一様ではない。接着剤たるにかわの劣化、鉄釘の腐食、干割れ、漆や彩色の剥落……。解体して修理の痕跡を見ると、歴代仏師の仕事ぶりがうかがえる。意外だったのは、傷みのほとんどが江戸時代の修理に使った粗悪な材料が原因ということ。造仏が国家プロジェクトだった奈良時代を頂点に、時代が下るに従って修理の質が落ちていくという。

 厚さ0.2ミリの漆の層を均一に付ける作業から、高さ8メートルを超す立像の運搬まで。繊細で大掛かりで困難で危険。基本は裏方の地味な仕事だが、時には工期が20年にも及び、プロジェクトXやミッション・インポッシブルの世界になる。

 東大寺南大門仁王像の場合は4年にわたる難事業だった。運慶、快慶らの作とされる阿形と吽形の実作者を2体の道具痕や仕事の進め方から推理していくプロセスは、修理技術者ならではの洞察に満ちて実にスリリングだ。

 仏像には「お性根」、つまり仏の魂が宿っているとされる。お性根の導きなのか、仕事の過程で不思議な巡り合わせや奇跡を度々経験したという。近頃は仏像さんから「もっと丁寧にせえ、丁寧に」という声が聞こえてくるようだ、とも。仏さまを相手にした千年単位の仕事だ。そういうことってあるかも、と思えてくる。

(淡交社 1700円+税)=片岡義博

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