日本社会の偏見、仕事や居場所奪う 大麻規制は「憲法上の人権問題」

亀石倫子弁護士 大阪市、2020年12月(武隈周防撮影)

 「日本の大麻規制は不合理だ」と声をあげ続けている弁護士の亀石倫子さん。それにしても、なぜそこまで言い続けなければならないと決意しているのか。亀石さんは、自らが過去に手がけて無罪を勝ち取ってきた刑事事件と、現在の厳しい大麻規制にはある共通点があると話す。それは、日本社会に根を張る、時代遅れの非科学的な偏見だった。(共同通信=武田惇志)

 ▽クラブ、タトゥーでも闘う

 「2012年に大阪市のクラブ『NOON』の経営者が逮捕され、無罪を獲得した事件では、1948年に成立した風営法の条文が適用されました。戦後、ダンスホールが進駐軍と日本人女性との売春の温床になっているとして作られた条文なのですが、全く違う現代のクラブに無理やり当てはめられたのです

 亀石さんら弁護団の活動を受け、国会議員による超党派の通称「ダンス議連」が発足。2015年の風営法改正へとつながった。

 「2015年に医師免許を持たずに施術したとしてタトゥーの彫師が摘発された事件では、古い法律の適用でなく、『医師法』という畑違いの法律を適用したケースでした。表面的に見れば針を皮膚に刺してインクを注入するタトゥーは、注射と同じように感染症の恐れがあるわけですが、そもそも彫師と医師では職業の成り立ちも歴史も、必要とされている技術も知識も違うわけです。そうしたことを立証し、18年に大阪高裁で逆転無罪判決、20年に最高裁で無罪が確定しました

タトゥー施術を巡る医師法違反事件の控訴審判決で逆転無罪となり、記者会見する増田太輝さん(右)=2018年11月14日、大阪市

 事件後、彫師たちは自ら業界団体を設立。衛生管理のガイドラインを定め、啓発に力を入れている。

 「二つの事件に共通しているのは、双方とも社会的に偏見が根強い分野だったことです。例えばクラブに関して言えば、騒音がある、ゴミを散らかしている、違法薬物を売買している、性犯罪の温床となっているなどネガティブなイメージが流布されています。捜査機関は、『摘発しても問題にならない』と考えていたと思います。弁護活動はそうした偏見との闘いでした

 「クラブにしろタトゥーにしろ、『そんなもんなくなってもオレは関係ない』と思う人は多いでしょう。しかしその本質は、法律の恣意(しい)的な適用によって仕事や居場所が奪われそうになった憲法上の人権問題だったのです

 大麻もまた、偏見こそが最大のネックとなって法律の見直しに進まない、と亀石さんは指摘する。のしかかるのは、クラブやタトゥーに対する以上の強烈な忌避感だ。

 「世界的に緩和が進み、日本に規制を押し付けた当の米国でさえ見直しが進んだ現在でも、国が自ら植え付けた強烈な偏見が残り、法改正の議論が起こらない。残っているルールがおかしければ、ルール自体を疑わなければいけないはずですが、日本人はルールを破ったことへの非難が強いだけで、疑う癖がついてないように感じます

 「実際、大麻についてツイートすると『弁護士なのに法律を守ることを放棄している』なんてバッシングがよくあるんですよ。弁護士の仕事は、法律を盲目的に守ることではなく、間違った法律があれば改めるよう闘うことなんですけどね

 ▽合理的規制につながる改正案を

 亀石さんは現在、仲間の弁護士5人とともに、大麻取締法改正に向け、国会議員らに働きかける活動を始めている。亀石さんたちの提案の基本線はこうだ。

 同法はまず第1条で、食用や繊維業などに民間利用されていた経緯から、大麻草については茎と種子を対象から除外し、葉や花穂を規制対象としている。しかし1964年、イスラエルのラファエル・メショラム博士によって大麻の酩酊(めいてい)作用はTHC(テトラヒドロカンナビノール)という成分にあると特定されており、部位による規制は時代遅れなものとなっている。

 さらに現在、厚生労働省はわずかでもTHCが含まれている製品は 認めておらず、THCが0・3%以下の「ヘンプ」と呼ばれる産業用大麻でさえも輸入ができない。そのため関西在住のてんかん患者の家族が、米国で治療に用いられるヘンプ由来のオイル製品が輸入できない事態がすでに起きているとして、亀石さんらは「部位ごとに規制するのでなく、成分やその含有量などを判断基準にした合理的な内容に変える方向で検討すべきだ」と提案 。

 また、大麻由来の医薬品の施用を禁じた第4条を見直し、「安全性や有用性の臨床研究や、海外で認可された大麻由来の処方薬を輸入、試用することが可能になるよう検討してほしい」としている。

産業用大麻「ヘンプ」についての説明 大阪市、2020年12月(同)

 「本来、私たちは弁護士なので訴訟を起こすのが王道だとは思います。クラブやタトゥーの事件みたいに、裁判を通じて司法判断から立法を動かすというのが私たち本来の役割のはずですから。適切な案件に恵まれれば、行政訴訟を起こすことも考えているのですが、国相手に裁判をしようという方はなかなか見つからないのが現状です。なので現在はロビイングをしつつ、社会の偏見をなくすためにネットで発信している段階です。訴訟にこだわらず、改正の一歩となるようなことがあればなんでもやるつもりでいます

 話が進むにつれ、亀石さんの言葉には次第に熱がこもっていった。何が彼女をそこまで突き動かすのだろうか。

 「それは私が、社会の偏見から守らなきゃいけない利益を守る、という立場で仕事をしてきたからですね。それは大麻も同じだと思っているんです。考えてみれば、私だってクラブにもタトゥーにも、もちろん大麻にも偏見を持っていたんですよ。でも誤解や偏見を持っているうちは思考停止というか、そこからは何も進まない。何も知ることができない。偏見を取り払って、初めて真実が見えてくるんだなと、いろいろな裁判を経験して思いました。今は私の発信で、内なる偏見に気づくきっかけになれば良いと思っています

 再び臆せず、タブーに踏み込んだ亀石さん。70年間、塗り固められた偏見の厚い壁を突き崩す一歩となるか。(終わり)

亀石倫子弁護士 大阪市、2020年12月(同)

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亀石倫子(かめいし・みちこ)1974年北海道生まれ。民間企業に勤務後、大阪市立大法科大学院へ。司法試験に合格し、2009年弁護士登録(大阪弁護士会)

【前編】 大麻取締法改正を!弁護士・亀石倫子の反骨

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