鷹・甲斐拓也が語る“捕手”とリードの裏側 投手の繊細さを示す日本Sでのワンシーン

ソフトバンク・甲斐拓也【写真:荒川祐史】

今季は最優秀バッテリー賞をはじめベストナイン、ゴールデングラブ賞も獲得した甲斐

4年連続日本一に輝いたソフトバンクの正捕手・甲斐拓也捕手。このオフは千賀滉大投手とともに最優秀バッテリー賞に輝くと、ベストナイン、ゴールデングラブ賞も受賞。パ・リーグMVPとなった柳田悠岐外野手は“自分以外のMVP”として、同じ2010年ドラフトで入団した同期の甲斐の名前を挙げて、その働きを称賛していた。

今季は正捕手として104試合に出場して打率.211、11本塁打33打点。打撃成績の面では昨年よりも数字は落としたものの、チームへの貢献は大きい。シーズン序盤は批判の矢面に立たされることも多かったが、柳田だけでなく、日本一となった後に多くのチームメートが甲斐の名前を出して賛辞を送っていたことにもその貢献度が表れている。

日本シリーズでの巨人対策やシーズン中に受けた批判についての思いは、以前に甲斐のインタビューで伝えさせてもらった。その中で、甲斐は捕手というポジションについてやリード面についての考えも語っていた。今回はそれについて書きたい。

捕手というポジションは見ている以上に、そして我々が想像する以上に難しい。毎日毎日、対戦相手の映像を誰よりも見返し、データや資料を頭に叩き込む。相手打者たちの最近の状態を確認するだけでなく、過去の何十打席、何百打席も遡る。その作業は遠征の移動時や試合を終えた後の深夜まで行われる。

過去を遡って“布石”になるヒントを探し、投手と細かなコミュニケーションも欠かさない。投手にとって嫌なイメージのあるボールも把握する。バッテリーミーティングで出たアドバイスも頭に入れつつ、試合中はその場その場で変化する状況、相手との探り合いに応じて投手をリードする。

日本シリーズ第3戦の投球練習中に投じたたった1球のカットボールでムーアに異変が…

時に予期しないこと、ミーティングで想定していたこととは異なることが起こることもある。それに瞬時に対応し、扇の要は判断する。この繰り返しをひたすら1年中続けていく。抑えれば“成功”、どれだけ考え抜いたリードでも打たれてしまえば、それは“失敗”となる。

投手たちの状態は日々異なる。調子が良い日もあれば、悪い日もある。むしろ調子が良くないことの方が多いくらいだ。例え、調子が良くても、特定の球種だけが使いものにならない時もある。「日によって使えない球種というのは必ずと言っていいほどあります。それでも全部の球種を投げるのが正解なのか。捕手は全てのボールの質を全部感じ取る。スピードガンの表示が同じ150キロでも『今日は見えやすい』と感じることもあります」と甲斐も言う。

投手の繊細さを表す1つの例がある。日本シリーズの第3戦のことだ。先発のムーアは7回まで巨人打線をノーヒットに抑える好投を見せた。ムーアの主な球種はストレート、カットボール、カーブ、そしてチェンジアップ。ただ、この日、ムーアは武器の1つであるカットボールを試合中に1球も投げていない。

正確に言えば、1球だけ、4回の投球練習中に投じた。そして、この1球が直後にムーアをおかしくさせた。試合前のブルペンからカットボールの調子は良くなかった。その一方でストレートの状態は良かった。ムーアと甲斐は試合前に話し合い、序盤はカットボールを使わず、ストレートで押していくことをバッテリー間で決めた。3回まで無安打投球。そのストレートが存分に威力を発揮していた。

日本シリーズ第3戦で甲斐とムーアのバッテリー武器のカットボールを1球も使わなかった

そうして迎えた4回だ。投球練習でムーアが1球だけカットボールを投じた。ブルペンと同様にキレは良くなく、ほとんど変化はしなかった。これだけなら良かった。この1球を投げた後にムーアのボールに突然狂いが生じた。ストレートがシュート回転するようになり、コントロールにもバラツキが生じるようになった。1死から坂本勇人には3球連続でボール。結局、フェンスギリギリの左飛に打ち取ったものの、不安定さを感じさせた。

「カットボールを1球投げた後の真っ直ぐがだいぶシュートするようになって『あれ?』と思ったんです。その時に絶対今日はカットボールは投げないほうがいいと思いましたね。その後の坂本さんの打席でもそういうボールが来ていて、これはまずいと正直思いました」

ちょっとしたことでもバランスを崩しかねない投手の繊細さ。その見ているものには分からない、そして、どこで起きるか分からない変化を、その瞬間瞬間で感じ取りながら、捕手は瞬時に物事を判断する。まさに、この日本シリーズのワンシーンは、捕手の洞察力と分析力、判断力を象徴する出来事だった。

「スピードガンの球速だけじゃ分からないことも捕手は感じていますし、色々なことを感じながら、変化をつけてやっています。それでも、どれだけやってもうまくいかないことだってあります。全部が全部抑えられるわけじゃないですし、打たれることだってどうしてもある。相手だって研究してきますし、対策をしてきますから」

苦しんだ1年で学んだ人として大事なこと「自分もそういう風になりたいと思った」

今季、シーズン序盤は3試合連続でスタメンを外れるなど苦しい思いもした。以前にも記したが、本拠地に批判の手紙が何通も届くこともあった。涙を流して「もう全て投げ出してしまいたい」と心が折れかけることもあった。それでも立ち上がり、1つでも多くチームに勝利をもたらせるようにと力を注いできた。

苦しい時期を支えてくれたのはチームメートであり、先輩たちであり、家族だった。「そういう時に助けてくれるのが先輩たちであったり、家族もそう、チームメートも声をかけてくれる。(ヤクルトの)嶋さんも連絡をくれましたし、城島さんも話を聞いてくれる。王会長もすごく声をかけてくれた」。

女手1つで育ててくれた母・小百合さんからも連絡をもらった。「もう無理しなさんな。見ていたら耐えれんわ……」。息子を心配する母の言葉に奮い立たされた。苦しい時、落ち込んだ時、救いの手を差し伸べてくれた周りの人たちの愛に支えられた。

今年、甲斐は人として大事なことを身をもって学んだという。

「本当に辛い時に寄ってきてくれる人ってこういう人たちなんだな、って感じました。いい時は誰でも寄ってきてくれる。悪い時に誰が来てくれるか、寄り添ってくれるか。人としてすごく勉強になりました。自分もそういう風になりたいと思ったし、人として大事なことを教わった気がします」

今はしばし休息のとき。愛する家族とともに長く苦しかったシーズンの疲れを癒し、5年連続日本一を狙う来季、また1つ成長した捕手・甲斐拓也の姿を見せてもらいたい。(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)

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