バイデン船長の演説

 「おお、船長よ! わたしの船長よ!」と題して、米国の詩人ホイットマンは、第16代大統領リンカーンの功績をしのぶ一編を残した。〈わたしたちの難航は終わった/船はことごとく危難を切り抜けた/…港は近い、鐘々の鳴る音をわたしは聞く〉▲米国の新しい船長はきのうの就任演説で、リンカーンの言葉を引いた。〈私の名が歴史に刻まれるとすれば、この行い(奴隷解放宣言)のためだろう。全霊を注ぐ〉▲私も全霊を注いで、米国を結束させ、人々を団結させる-と、バイデン新大統領の弁は続いた。奴隷解放の父が難事に当たったのと同じ熱意で、難局に立ち向かう。そういう決意に違いない▲「結束」「団結」の連呼は、米国の分断の根深さを表している。党派の分断、人種の分断がある。国際社会との分断もある▲米国の最近の世論調査では、共和党支持者の7割がバイデン氏の当選を「正当ではない」とした。トランプ前大統領の影は色濃く残り、社会を切り刻んだ政争は今のところ収まる気配がない▲ウイルス拡散を封じる。格差を埋めていく。国際協調へかじを切る。そうした“針路”の変更を成果につなげ、信頼を一つ一つ積み上げるほかないのだろう。今は重心の定まらない米国という船は、荒波を切り抜けられるか。鐘の音はいつか響くか。(徹)


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